『山狩』
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山狩(やまがり) 笹本稜平著
[レビュアー] 郷原宏(文芸評論家)
◆山岳×警察 多才を発揮
本書を読み始める前に、作者の訃報に接した。享年七十は作家としては早すぎる。才能のある作家にはなぜか長寿を与えようとしない天の配剤が恨めしい。
作者は二〇〇一年に『時の渚(なぎさ)』でサントリーミステリー大賞と読者賞をダブル受賞して本格的にデビューした。以来、ちょうど二十年、旺盛な筆力で、冒険小説、山岳小説、警察小説の三ジャンルを書き分けてきた。冒険小説には、〇四年に大藪春彦賞を受賞した『太平洋の薔薇(ばら)』があり、山岳小説には『天空への回廊』や『還るべき場所』がある。いずれも〇〇年代の国産ミステリーを代表する秀作だといっていい。
しかし、この作家の本領は、なんといっても警察小説、なかでも悪徳警官物と呼ばれるジャンルにあった。近年の『越境捜査』シリーズには、他者の追随を許さぬ迫力と凄(すご)みが感じられる。
本書には、多才にして多彩な作風の持ち味が過不足なくすべて出そろっていて、まさに遺作と呼ぶにふさわしい充実した内容になっている。
千葉県の伊予ケ岳山頂付近で、若い女性の死体が発見された。自殺か事故死として処理されそうになったが、彼女が最近までストーカー被害に遭っていたことがわかり、県警生活安全捜査隊の警部補が地元署の若手刑事とともに捜査に乗り出す。
ところが、このストーカー殺人の容疑者は地元有力者の御曹司で、捜査には県警上層部からも圧力がかかる。ようやく逮捕状の請求にこぎつけたものの、今度は容疑者の父親が銃撃される事件が発生、捜査は暗礁に乗り上げる。
標高五〇〇メートルを越す山のない千葉県を「山岳小説」の舞台にした意外性もさることながら、殺人事件とは畑違いの生活安全課の刑事たちが本職の捜査一課を尻目にかけて県警ぐるみの巨悪に立ち向かうという構図が魅力的で、複雑に入り組んだ物語を一気に読ませる。
作者亡き今、せめては作品の生命の長からんことを祈りたい。
(光文社・1870円)
1951年生まれ。作家。『山岳捜査』『公安狼』など多数。昨年11月に死去。
◆もう1冊
笹本稜平著『駐在刑事』(講談社文庫)。駐在所勤務の元刑事が奥多摩の自然を舞台に活躍するシリーズ第1弾。ドラマ化もされた。