シェアという名の暗黒面(ダークサイド) ――作家・真梨幸子が自著を語る

エッセイ

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

シェア

『シェア』

著者
真梨幸子 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334914561
発売日
2022/03/24
価格
1,815円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

シェアという名の暗黒面(ダークサイド) 真梨幸子

[レビュアー] 真梨幸子(作家)

 とにかく私は“シェア”が苦手なのである。特に、食べ物のシェア。具体的にいえば、鍋。大勢が、直箸で鍋をつつくその光景を想像するだけで、寒気がする。

 それには訳がある。

 母子家庭育ちで、孤食が当たり前だった我が家では、鍋というものが出たことがなかった。すき焼きはたまに出ていたけれど、鍋というより、牛肉の煮物という形だった。つまり、複数人でひとつの容器から食べ物を取り分ける……という文化が、我が家にはなかったのである。テレビや映画で見ることはあったけれど、それは架空のなにかで、現実にあるとは夢にも思っていなかった。だから、社会人になって、はじめて鍋パーティーを目の当たりにしたときのカルチャーショックときたら。色とりどりの箸が鍋の中を縦横無尽に泳ぐ。それは、おっさんたちがぺろぺろ舐めた箸で、あるいは、食べカスがついた箸である。不特定多数の唾液と残滓(ざんし)、そして雑菌が、これでもかと混ざり合う。しかもである。最後は、「いい出汁(だし)がでたなー」などと言ってご飯を投入、雑炊を作るのである。女子社員もおっさん社員も、「美味しい!」と言いながら食べていたけれど、私には、おぞましい乱交にしか見えなかった。

 こんな風に考えてしまう私のほうがおかしいのだ。ずっとそう悩んできたけれど、コロナ禍の今、私の考えはそう極端な間違いではなかったように思う。ウイルスや菌は、まさに“シェア”することで広がっていくのだから。

 無論、“シェア”はいい面のほうが圧倒的に多い。共有して、分配する。人類はそれをすることで社会性を育み、共同体を作り上げ、そしてここまで進化することができたのだから。

 が、なにごとにもリスクは存在する。そう、いわゆる暗黒面(ダークサイド)だ。

 三月末に上梓予定の『シェア』は、まさにそういう小説だ。

光文社 小説宝石
2022年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク