生きる啓典「クルアーン」の、新しい邦訳

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生きる啓典「クルアーン」の、新しい邦訳

[レビュアー] アルモーメン・アブドーラ(東海大学教授)


『クルアーン 日本語読解』
(東京ジャーミイ出版会)

 本が生き続けるには読み手が必要である。言い換えれば、本の命は読み手に預けられているのである。そういう意味でイスラム教の啓典コーラン(クルアーン)が1400年に亘って生き続けているのは、時代を超えてイスラム教徒に読み続けられてきたからに他ならない。

 今年2月、今や東京の名所の一つにもなっているイスラム教礼拝所「東京ジャーミイ」の出版会が『クルアーン 日本語読解』(PDF第1版)を刊行した。PDF形式で、HP上で無料公開するという異色の刊行。表紙や裏表紙には、1935年に日本で初めてアラビア語のクルアーンを印刷・発行した旧・東京回教印刷所の印章を復刻し、モチーフとしてあしらったという。

 ちなみに日本では一般に「コーラン」と呼ばれるが、よりアラビア語の原音に近いのは「クルアーン」だ。イスラム教の真髄を理解する上では、このクルアーンを読むことが重要な意味をもつ。しかし、これまでのクルアーンの日本語訳はとにかく難解だった。それは訳文の問題というより、そもそものアラビア語の原文の性質に関わる問題とも言える。クルアーンは文体や構成、表現方法などが独特で、日本人には馴染みのないものばかり。信じるか信じないかは別として、クルアーンに記された全ての言葉は神の言葉であるが、その言葉が発せられた文脈や状況、歴史背景などの詳しい説明が原文には記されていないのだ。

 クルアーンは神がアラビア語で伝えたため、他の言語に翻訳されたものは正式な「神の言葉/クルアーン」とはみなされない。外国語の訳本は、あくまでも内容を理解するための「解説・注釈」である。そのため外国語訳では、解説がかなりの分量となり、原典で語られる様々な言葉の意味や背景への説明が併記される。今回の新訳には、可能な限り平易な言葉遣いと簡潔な文章を心がけた、分かりやすい補助説明が豊富に盛り込まれている。

 東京ジャーミイで新訳出版の中心的役割を担ったのは、西田今日子さんという一人の女性だ。プロジェクトが始まったのは20年も前のことで、出版には東京ジャーミイのトルコ人指導者、エンサール・イェントゥルク師など様々な人の計り知れない努力と苦労があったという。

 読者からフィードバックをもらい随時改訂を加えていくことも企図してのPDF版刊行だそう。将来的には書籍化も検討しているというが、まずはPDF版でクルアーンの深遠なる世界を覗いてみてはいかがだろう。

新潮社 週刊新潮
2022年3月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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