おそろしく読みやすく、きわめて知的で…狂っている

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異常(アノマリー)

『異常(アノマリー)』

著者
Le Tellier, Hervé, 1957-加藤, かおり, 1966-
出版社
早川書房
ISBN
9784152100795
価格
2,970円(税込)

書籍情報:openBD

おそろしく読みやすく、きわめて知的で…狂っている

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 ゴンクール賞受賞作、著者は小説の新しい形式と構造を探求する作家集団「ウリポ」のメンバーと聞くと「難解では?」と身構えてしまうが、そんな心配はいらない。

 おそろしく読みやすく、きわめて知的で、いい意味で(?)狂っている。「SFとミステリの見事な融合」という前評判はその通りだと言えるし、「私とは何か」という古典的・哲学的問いにも果敢に挑もうとする、かなり欲張りな小説でもある。

 最初に登場するのは殺し屋だ。さまざまな国籍のパスポートを使って人を殺しては金を受け取る一方、パリの自宅では妻と子どもと平凡な暮らしを送っている。そんな男を硬い表情でうかがう、もう一人の男がいる。

 ハードボイルドな導入から予測されるような謎解きの方向へは、小説はぜんぜん進まない。小説家、映像編集者、病気の男と医者であるその兄。フランスやアメリカの、バラバラな場所に住む人物の日常が脈絡なく描写された後で、小説は三カ月以上前の、エールフランスの機内に飛ぶ。

 飛行機はニューヨークに向かう途中、積乱雲と降雹の中を飛行してレーダーが故障、フロントガラスにひびが入る。緊急事態だ。だが、何事もなかったかのように、小説は三カ月後に戻り、また別の、子どもがいる家庭を映し出す。

 どうやら次々に登場するのは、エールフランスの、同じ便に乗り合わせた乗客らしい。詳述は避けるが、ある「異常」事態が明らかになり、大統領が乗り出すほどの騒ぎになる。理解できなくても事態は厳然とあり、巻き込まれた人々はそれに向き合うことを余儀なくされる。

 未来の選び取り方が本当に人それぞれで、このヴァリエーションを描くために周到に用意された人物設定及び組み合わせだったのかと感嘆させられた。散漫になりそうなところでギュッと集中させる、緩急ある展開がたくみ。

新潮社 週刊新潮
2022年3月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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