『悪い言語哲学入門』
書籍情報:openBD
「悪口の正体」を見極める頼りがいのあるガイド
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
悪意ある言葉に傷ついたことのない人はいないだろう。悪口を言われた人はダメージを受けるが、言ったほうは「そういう意図で言ったのではない」「これぐらいで傷つくのがおかしい」などと言い逃れる。
そもそも悪口とはなんなのか。この問題を考えるうえで、和泉悠『悪い言語哲学入門』はとても頼りになる。小難しい用語を振り回さない親切さ。ちりばめられた軽口が緊張を解くし、「いまどのへんを歩いていてどこに向かっているのか」の的確なガイドが読者を迷わせない。「言語哲学」という、みんなが知っているわけではない分野の入門書として満点だ。著者は大学の先生。授業はきっとおもしろい。
悪口の正体を見極めるには、言葉の形式に注目して分類しているだけではだめで、動機や意図を「行為」としてとらえる必要がある。人を傷つけるものが悪口だというとらえ方は、「夜空にあってピカピカしているものが星」という説明と同じで、それだけでは悪口研究の入り口に立てない。人を傷つけることは、悪口の必要条件でも十分条件でもない(この説明が鮮やかでしびれてしまった)。
目の前にいる人をもちあげようとしてほめる言葉であっても「悪い言葉」になりうるわけが、まっすぐ腹に落ちてくる。こんな鮮やかな解説が読めるなら新書の値段なんてお安いものだと思う。自分の発言に「悪い」要素があるかどうか知りたい方にもおすすめしたい。