『奏鳴曲 北里と鴎外』海堂尊著

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奏鳴曲 北里と鷗外

『奏鳴曲 北里と鷗外』

著者
海堂 尊 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163915005
発売日
2022/02/21
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『奏鳴曲 北里と鴎外』海堂尊著

[レビュアー] 三保谷浩輝

■衛生行政めぐるライバル

軍医・文豪として名をなした森鴎外(林太郎)、「近代日本医学の父」で細菌学者、北里柴三郎。医師で作家の著者が、明治から大正にかけての日本の衛生行政樹立において双璧をなす2人を描いたライバル物語。

津和野藩典医の家に生まれた鴎外と、阿蘇の寒村で庄屋の家に生まれた北里は、東京医学校(現・東大医学部)で出会う。級は鴎外が2年上だが、年齢は北里が9歳上だった。

「無用に人を刺激する」言動の北里に、鴎外が「アイツはぼくの疫病神なのかもしれない」と直感した通り、2人の人生は「北里が浮かべば、ぼく(鴎外)は沈む」ように交錯する。

それぞれ陸軍、内務省からドイツに官費留学。鴎外はやがて陸軍軍医総監、陸軍省医務局長とトップに上り詰める。その過程で軍医部内の軋轢(あつれき)や、森家の軛(くびき)に苦悩しながらその心情を評論、小説にのせ、軍医・医事評論家・作家の「三面の阿修羅」となっていく。

ドイツで細菌学の始祖・コッホに師事、「四天王」に列せられた北里は凱旋(がいせん)帰国も、政府、大学は冷遇。福沢諭吉の支援で始めた私立伝染病研究所(のち国有化)の所長として道を切り開き、北里研究所を設立する。

陸海軍を揺るがす脚気(かっけ)論争でともに禍根を残し、留学時のロマンスなど毀誉褒貶(きよほうへん)も多い。折々で衝突しつつ、2人は衛生学を究め、国が民の健康を守る仕組みとしての「医療の軍隊」構想の実現に邁進(まいしん)する―。

著者によれば、「二人の交流の心情的な記録」はほとんどなく、本書も「史実をもとにしたフィクション」。従来いかめしいイメージの2人はもちろん、それぞれの後ろ盾の福沢、山県有朋、北里の盟友・後藤新平、鴎外の親友・賀古鶴所(かこ・つるど)らも躍動的に描き、身近に感じさせる。なかでも北里の口癖「不肖柴三郎、いざ参るったい」は、停滞気味の世に力強く響きそう。

折しも、今年は鴎外の没後100年、令和6年には北里の肖像画が採用された千円札が登場と、注目も新ただろう。

何よりこのコロナ禍、国民の命を守る「医療の軍隊」構想は感染症に向き合う国の在り方に示唆を与えてくれまいか。あとがきの「これは、過去の物語ではない」の言葉をかみしめたい。(文芸春秋・2200円)

評・三保谷浩輝(文化部)

産経新聞
2022年3月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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