道尾秀介、貴志祐介、湊かなえが絶賛した誘拐ミステリー『午前0時の身代金』を5分で紹介

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午前0時の身代金

『午前0時の身代金』

著者
京橋 史織 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103544715
発売日
2022/03/18
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

時代の最先端をゆく誘拐ミステリー

[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)

貴志祐介、道尾秀介、湊かなえの3名が選考員を務めた第8回新潮ミステリー大賞の受賞作『午前0時の身代金』が刊行。選考委員が揃って受賞を確信した圧巻のミステリ・エンタテインメントの読みどころを、コラムニストの香山二三郎さんが紹介する。

香山二三郎・評「時代の最先端をゆく誘拐ミステリー」

 小説の新人賞受賞作は概ね二つに分類される。あらゆる点で完成度の高い作品か、荒削りだが伸びしろのある作品だ。ミステリー系も例外ではなく、二〇一四年に創設された新潮ミステリー大賞の場合は後者の系統。それもクセモノ揃いの受賞作で知られる。

 第一回受賞作の彩藤アザミ『サナキの森』は伝奇ホラータッチだったし、第二回受賞作の一條次郎『レプリカたちの夜』はシュールなファンタジー調。第三回の生馬直樹『夏をなくした少年たち』でようやく正調の青春サスペンスが取ったかと思ったのもつかの間、その後は受賞作なしと交互になり、前回の第七回受賞作、荻堂顕『擬傷の鳥はつかまらない』はダーク・ファンタジー交じりの女性ハードボイルドという独自趣向であった。

 第八回受賞作の京橋史織『午前0時の身代金』はだが、表題からも推察されるように、まさに正統的な誘拐ミステリーにして時代の最先端をゆくエンタテインメントに仕上がっている。

「僕」こと小柳大樹は東京・四谷の法律事務所に勤める新米弁護士。ボスの美里千春は国際派の企業法務弁護士として知られるが、小柳は公益のための法律業務を行うプロボノの専任弁護士だ。四月初旬、美里の知人と称する若い女性、本條菜子が詐欺事件の相談に訪れるが、詐欺に巻き込まれたのではなく「私が、詐欺をやったんです」という。

 中高一貫の女子校に馴染めなかった菜子はその後入った美容専門学校で南早希という親友を得る。早希の彼氏、川崎拓人も頼り甲斐のあるいい人だと思われたが、実はこの男、詐欺グループの受け子のリーダーで、やがて菜子も犯罪に引きずり込む。しかもそれを咎めた早希に暴力を振るい死なせてしまった。復讐を誓った菜子は、ある会社の社長の鞄を盗み出し男たちに届けるという川崎が請け負った仕事を妨害しようとするが、失敗。逆に川崎たちに追われる羽目に。

 危ういところを通りかかった美里に助けられたという次第だが、法律事務所での相談を終え皆で食事をしたのち、菜子は突然失踪。翌朝、IT企業サイバーアンドインフィニティ(CI)社に、誘拐犯から犯行宣言と身代金一〇億円をクラウドファンディングで日本国民から募集する等、脅迫メールが届く……。

 クラウドファンディングとは「インターネット上で不特定多数の人から資金を集められる制度」で、CI社はそれ専用のサイトを持っていたのだ。誘拐ミステリーで何より肝心なのは、身代金の受け渡しである。それにクラウドファンディングを使ったところにまず拍手。募集期間は四月一一日の二四時間で、集まった金は一〇〇〇個の口座に分けて振り込むべしという要求もスリリングで、かつ謎めいている。いや、そもそも結婚詐欺の相談から幕が開いた物語が、菜子の登場で一気にシリアスなクライムサスペンスに転調していくあたりからして、著者のただならぬストーリーテリングの才がうかがえるというものだ。

 菜子がテレビの人気キャスター本條健吾の一人娘であることも明かされ、事態は紛糾の一途をたどっていくが、そんなとき小柳は倖田という雑誌記者と面会。倖田は犯人の本当の狙いはCI社にあり、同社には別の脅迫メールが届いていて、そちらこそが本物の要求なのではないかという。小柳は興信所に勤める従妹の佐伯和香に協力を乞い独自の調査を進めるが、クラウドファンディングが始まる中、やがてさらなる事態が。

 本書は先の読めない誘拐ミステリーであるとともに、小柳という新米弁護士の奮闘ぶりを活写したリーガルミステリーでもある。少年時代は病弱で、投資詐欺事件に巻き込まれ家族を破綻させた実兄との確執もあって、人一倍正義感のあつい青年だが、自分のふとした気のゆるみが犯罪につながったことを悔い、事件の真相究明にのめり込んでいく。

 初々しいというか、清々しいそのキャラクター造形は、このジャンルのファンなら、アメリカの巨匠ジョン・グリシャムのブレイク作『法律事務所』の主人公を思い起こす向きもあるかも。

 著者は一九七二年、徳島県生まれのライターで、NHK創作ラジオドラマ大賞に入賞経験もあり、放送作家としてはすでに充分実績をお持ちだ。本書の執筆に当たっては改めて法律知識の習得に努めたとのことで、今後は即戦力の小説作家として活躍が期待される。

新潮社 波
2022年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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