『可制御の殺人』
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奇矯な状況設定からの多彩な謎解き 非情さと様式美の連作ミステリ
[レビュアー] 若林踏(書評家)
人間が歯車のように扱われることへの恐怖。松城明のデビュー作『可制御の殺人』を一口で表すならば、このようになるだろうか。
本書は鬼界という得体の知れない人物を巡る連作短編集である。鬼界はQ大学工学部に生息する学部生だが誰もその顔を見たことがなく、部屋に籠って夜な夜なおぞましいロボットを製作している、という噂だけが独り歩きしている。鬼界と親交があるという大学院生の白河真凛によれば、彼は人間の精神を制御するための数理モデルを研究しているという。人間のシステムはとても複雑ではあるが、周囲の環境からの入力と、それに対する反応としての出力のデータが多く集まればモデル化できるかもしれないというのだ。
各編では鬼界の存在がちらつくなかで、それぞれの視点人物が出くわした不可思議な事件の顛末が描かれていく。様々な状況設定を描きながら謎解きの要素を取り入れているのが本書の特長だ。第四十二回小説推理新人賞最終候補作になった表題作は白河真凛に殺意を抱く更科千冬が主人公の物語で、犯人側の視点から描いた倒叙推理の形式が使われている。いっぽうで、高校の文化祭前日に起きた些細な出来事から意外な真相が導かれる「二進数の密室」のように、日常の謎を題材にした学園ミステリ風の作品も描かれているのだ。
こうした多彩な謎解きを楽しみつつも、読者は本書を貫く鬼界の謎に惹かれて頁を捲ることになる。精密機械のように組まれた連作形式としての構図はもちろん、影のように跋扈する鬼界の不気味さにも圧倒されるだろう。
ミステリは遊戯性を高めるために様式美を追い求める反面、登場人物を駒のように扱う非人間的な顔も持った小説ジャンルである。鬼界とは、そうしたミステリに元来備わった非情さを体現したような存在なのだ。人間性を剥奪されることへの怖さに蝕まれていく連作集だ。