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全集でしか読めなかった川端康成の知られざる相貌 美しい後輩への愛
[レビュアー] 石井千湖(書評家)
川端康成の没後五十年にあたる二〇二二年四月を機に、『少年』が新潮文庫より刊行された。長らく全集やアンソロジーでしか読むことのできなかった作品だ。五十歳になった「私」が、旧制中学の後輩だった清野少年への愛を語っていく。リアルタイムの感情が記録された中学時代の日記、離れて暮らすようになって感傷的に二人の関係を振り返った高等学校時代の作文の手紙、大学時代に書いた未完の原稿「湯ケ島での思い出」。まとまらない記憶の断片をつなぎ合わせることによって、過ぎ去った濃密な時間がよみがえる。
例えば、高等学校の作文として提出した手紙文の〈お前の指を、手を、腕を、胸を、頬を、瞼を、舌を、歯を、脚を愛着した〉というくだり。指から脚まで愛着する順番と読点に、湿り気と熱がある。「私」と清野は寄宿舎で同室だった。二人は隣で寝て、お互いの腕や胸に触れ、くちづけもゆるしあっていた。「私」は少年の肉体を最大限度たのしもうとする欲望を、無邪気に受け入れた清野に〈救済の神〉を感じる。
同時に「私」は清野が自分に帰依しているとも考えていた。ところが、清野には別に信じる神がいた……。「湯ケ島での思い出」で、「私」が滝に打たれる清野の後光を見る場面は鮮烈だ。この小説以外、二人の恋の証は何も残らないことを示す結末も残酷で美しい。
『少年』の寄宿舎では、上級生の下級生に対する性暴力が蔓延していた。森鴎外が自らの性欲の歴史をひもといた『ヰタ・セクスアリス』(新潮文庫)によれば、明治期の学校の寄宿舎では〈少年〉という言葉が〈男色の受身〉という意味に用いられ、〈硬派〉と呼ばれる人々は年下の男を追いかけていたという。『少年』は大正時代の話だが、男子学生の風俗は変わっていなかったのだろう。
明治の硬派のバイブルであり、日本の少年愛史を知る上で欠かせない一冊が『[現代語訳]賤のおだまき』(平凡社ライブラリー)。青年武士と美少年の悲恋を描く。著者とされる「西国薩摩の婦女」について考察した解説も必読だ。