知を探究する「幸いなる魂」はどこまでも晴れやかだ――佐藤亜紀『喜べ、幸いなる魂よ』レビュー【評者:川本 直】

レビュー

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喜べ、幸いなる魂よ

『喜べ、幸いなる魂よ』

著者
佐藤 亜紀 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041114865
発売日
2022/03/02
価格
2,090円(税込)

書籍情報:openBD

知を探究する「幸いなる魂」はどこまでも晴れやかだ――佐藤亜紀『喜べ、幸いなる魂よ』レビュー【評者:川本 直】

[レビュアー] 川本直(文芸評論家)

■変わりゆく時代を懸命に泳ぎ渡ろうとするふたりの大きな愛の物語。
新刊【長編小説】佐藤亜紀『喜べ、幸いなる魂よ』レビュー

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■佐藤亜紀『喜べ、幸いなる魂よ』

佐藤亜紀『喜べ、幸いなる魂よ』
佐藤亜紀『喜べ、幸いなる魂よ』

■知を探究する「幸いなる魂」はどこまでも晴れやかだ

■評者:川本 直

 そのデビューから佐藤亜紀氏は完成された小説家だった。『バルタザールの遍歴』はオーストリア゠ハンガリー二重帝国の公爵家に生まれた一つの体に二つの魂を宿すメルヒオールとバルタザールという貴族の主人公が、ナチス・ドイツの台頭によって荒廃していく黄昏のヨーロッパを流浪しながら第二次世界大戦勃発とともにブエノスアイレスに向かうまでを超絶技巧で描き、「国際舞台にも通用する完璧な小説」と称された。
 その登場から圧倒的な完成度を誇る作品を世に問う小説家は稀有だ。そして、『キャッチ=22』で世に出たジョーゼフ・ヘラーのように最初から代表作を書いてしまった作家はデビュー作を超えることが出来ず、大抵の場合、縮小再生産に落ち込む。そのようなジレンマを上手く切り抜けた作家も、主題に関してはそれまでの延長線上に留まり、ひたすら技巧の追求を続けることが多い。
 しかし、佐藤氏はそのいずれでもなかった。『バルタザールの遍歴』とは全く主題の面で異質なうえに前作を超える大作、日本のN***県の独立戦争を回想録形式で描いた『戦争の法』によって、佐藤氏は自己模倣に陥ることもなく、デビュー作が代表作となるような陥穽をも二作目で軽々と飛び越えてみせた。以降も十六世紀を舞台にした神学小説『鏡の影』、第一次世界大戦前夜の緊迫する政治状況のなかで暗躍する間諜たちを描いた『天使・雲雀』、ロシア革命直後にウクライナの地主の息子が暴虐の限りを尽くすアイロニカルなピカレスク小説『ミノタウロス』、そしてハンブルク爆撃の前夜にジャズに夢中になるスウィング・ボーイズのティーンエイジ・スカース『スウィングしなけりゃ意味がない』など、多種多様な技巧と該博な歴史知識を駆使した傑作を書き続けてきた。
 それだけではない。『小説のストラテジー』、『小説のタクティクス』を読めばわかることだが、佐藤氏は現存する最も優れた批評家の一人でもある。小説家と批評家の両輪で活動する書き手は、その双方で傑出していることは少なく、例外と言えるのはウラジーミル・ナボコフ、イタロ・カルヴィーノ、ウンベルト・エーコぐらいだろうが、佐藤氏は彼らと同様、鋭敏な批評的な読みを十全に活かし、卓越した小説を書き続けている。
 そして、佐藤氏は新作『喜べ、幸いなる魂よ』で、その出発から完成された小説家が新たな境地を切り拓くという、ほとんどの作家には不可能なことを達成した。佐藤氏が本作で達した境地は、デビュー作品集『刺青』から既に完成された小説家だった谷崎潤一郎の『細雪』や、最初の長編小説『花のノートルダム』から古典の風格を有していたジャン・ジュネの遺作『恋する虜』に比肩する。
 その新境地である『喜べ、幸いなる魂よ』は、十八世紀、一七四八年のオーストリア継承戦争の終結とフランス軍の撤退から、一七九四年のフランス共和国軍の占領までのフランドル(今でいうベルギーの海に面した北側の地域)を舞台に戦乱の間に訪れた小春日和の時代を描いている。
 亜麻糸商を営むファン・デール家に引き取られたヤン・デ・ブルークは双子の姉弟、ヤネケ・ファン・デールとテオ・ファン・デールと暮らすようになる。ヤネケは子供の頃から知的探究心が旺盛で、医学や数学や生物学に興味を示し、兎の飼育をしていくうちにヤンを性の実験に引きずり込んだことで、妊娠・出産を経験するが、葛藤するヤンとは違い、ヤネケはこの事態をものともせず、子供のレオを里子に出した後は実家に戻らず、母の叔母が暮らすシント・ヨリスのベギン会に引き籠もり、テオが在籍する大学での論文の代筆を皮切りに、数学、経済学、生物学の研究に取り組み、ヤンの名義で著作を発表し始める。
 ベギン会はフランドルに拡がった女性のみで共同生活を営む組織で、修道院ではなく、一般信徒の集まりであり、十七世紀に最盛期を迎えた。特徴的なのは共同生活を行いつつ、個人のプライバシーが守られていた点で、当時では先進的過ぎて危険な文人だったヴォルテールを読んでしまうヤネケのような独立独歩の女性知識人にはうってつけの居場所だった。ベギン会の女性信徒やヤネケは男性を特段忌避しているわけではない。ベギン会の女性信徒やヤネケにとっては、ただ単に男性と関わらない方が暮らしやすいというだけの話でしかないのだ。
 ベギン会で静かに学究生活を営むヤネケと対照的に、ヤンは世俗の厄介事に煩わされ続けることになる。ファン・デール氏は病いで倒れ、育ての母のファン・デール夫人もこの世を去る。大学から戻って家業を手伝っていたテオも早逝し、ヤンはシント・ヨリスの市長クヌーデ氏の娘でテオの妻だったカタリーナと結婚して四人の子供を育てるが、カタリーナも疫病で亡くなる。そればかりかヤンはクヌーデ氏の退任により、シント・ヨリスの市長に就任することにもなる。その後、ヤンは未亡人のアマリアを後妻に迎えて一子を儲けるが、アマリアも出産と同時に死没する。
 次々と周囲の人々が死に見舞われていくなか、ヤンはヤネケへの想いを忘れたことはなく、度々ベギン会を訪れており、ヤネケもヤンへの親切や助言を絶やしたことはないが、相変わらず学究の道を歩み、紡績機の原型となる機械まで発明している。
 そんな折、フランス共和国軍がフランドルに侵攻し、戦争の影が迫る。聖母マリアを称える聖歌『サルヴェ・レジーナ』を歌うベネディクト会士とベギン会の到着によって、争いが膠着状態を迎える緊迫感に満ちたクライマックスは、限りなく美しいと同時にユーモラスですらある。そして、ヤネケとヤンは長い時を経て、一時の性愛にも恋愛にもよらない幸福を得るに至るのだ。
 二十一世紀の現代に至っても、未だ女性が知識人として生きることには困難が伴うが、ヤネケは性別の軛を軽々と飛び越え、自分の知的探究心の赴くままに生きる。今、古代から二十世紀に至るまでの女性知識人が再評価され、エドワード・J・ワッツ著、中西恭子訳『ヒュパティア――後期ローマ帝国の女性知識人』(白水社)、ビザンツ皇女の歴史家を描いた佐藤二葉の漫画『アンナ・コムネナ』(星海社COMICS)、作家ヴァージニア・ウルフの新訳や研究などが続々と刊行されているが、『喜べ、幸いなる魂よ』はそういった潮流とも響き合う。小説内のフランス軍のフランドルへの侵攻を、ロシアのウクライナ侵攻に重ねて読むことも可能だろう。
 惹句に異議を唱えるようで恐縮だが、私はヤネケを「天才」とも「エゴイスト」とも思わない。世俗や自意識に煩わされることなく、知をひたすらに探求するヤネケは、正に「幸いなる魂」と呼ぶのにふさわしい極めて純粋でチャーミングな主人公だ。徹頭徹尾主体的なヤネケに時に振り回され、時に助けられ、時に助ける苦労性で受動的なヤンも人間臭く魅力的だ。テオが男性とも関係を持つ両性愛者であることも作中で仄めかされており、『喜べ、幸いなる魂よ』の世界は人の有り様に関して大変おおらかでもある。
 佐藤氏のこれまでの小説はアイロニカルではあっても決して悲劇的ではなかったが、前作『黄金列車』から作風に歴然とした変化が起こり始めているように思える。敢えて困難な状況下での希望を描こうとしているのではないだろうか。
『喜べ、幸いなる魂よ』はさらにその先に辿り着いている。初期の技巧を凝らした文体は、全く無駄のない研ぎ澄まされたシンプルな軽みを帯びた文体へとその姿を変えた。佐藤氏がヨーロッパの十八世紀小説を知悉していることはよく知られているが、十八世紀を舞台とした本作は当時の文人であるヴォルテールやルソーへの言及があるだけではなく、小説全体に十八世紀文学の手法が援用されている。
 佐藤氏はデビュー作『バルタザールの遍歴』のエピグラフにボードレールの「ANY WHERE OUT OF THE WORLD いずこなりともこの世の外へ」から「──そしてこの居場所を変えるという問題は私が私の魂と絶えず議論を交わしている問題のひとつなのだ。」という詩句を引いた。この主題は『喜べ、幸いなる魂よ』でも引き続き追求されていると言っていい。しかし、本作には厭世的な調子は全くなく、見出されるのは「この世の外」ではなく、ベギン会という女性知識人が自由に生きられるアジールだ。本作で佐藤氏は、過去の、今の、そして未来の、知を希求する全ての人を「幸いなる魂」として祝福してみせた。
 
 傑出した文学は芸術の純粋かつ究極の形態である音楽に似る。『喜べ、幸いなる魂よ』は、そのタイトルを採ったモーツァルトのモテット『踊れ、喜べ、幸いなる魂よ』(作曲は本作が舞台としている時代のさなかである一七七三年)のように軽やかで優雅で完璧でどこまでも晴れやかだ。佐藤亜紀氏の新たなる達成に心からの賛辞を送りたい。

■評者プロフィール

川本 直
かわもと・なお/1980年、東京生まれ。2011年、「ゴア・ヴィダル会見記」(「新潮」)でデビュー。文芸評論とノンフィクションを手掛ける。単著に『「男の娘」たち』、共編著に『吉田健一ふたたび』。2021年に発表した初の長編小説『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』で第9回鮭児文学賞、第73回読売文学賞、第2回みんなのつぶやき文学賞国内篇第1位をそれぞれ受賞するなど、読書界の話題をさらっている。

■著者プロフィール

佐藤亜紀
さとう・あき/1962年、新潟に生まれる。91年『バルタザールの遍歴』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞。2003年『天使』で芸術選奨新人賞、08年『ミノタウロス』で吉川英治文学新人賞を受賞した。著書に『鏡の影』『モンティニーの狼男爵』『雲雀』『激しく、速やかな死』『醜聞の作法』『金の仔牛』『吸血鬼』『スウィングしなけりゃ意味がない』『黄金列車』などがある。

■作品紹介・あらすじ
佐藤亜紀『喜べ、幸いなる魂よ』

知を探究する「幸いなる魂」はどこまでも晴れやかだ――佐藤亜紀『喜べ、幸いな...
知を探究する「幸いなる魂」はどこまでも晴れやかだ――佐藤亜紀『喜べ、幸いな…

喜べ、幸いなる魂よ
著者 佐藤 亜紀
定価: 2,090円(本体1,900円+税)
発売日:2022年03月02日

天才でエゴイスト 誰も彼女には手が届かない
18世紀ベルギー、フランドル地方の小都市シント・ヨリス。ヤネケとヤンは亜麻を扱う商家で一緒に育てられた。ヤネケはヤンの子を産み落とすと、生涯単身を選んだ半聖半俗の女たちが住まう「ベギン会」に移り住む。彼女は数学、経済学、生物学など独自の研究に取り組み、ヤンの名で著作を発表し始める。ヤンはヤネケと家庭を築くことを願い続けるが、自立して暮らす彼女には手が届かない。やがてこの小都市にもフランス革命の余波が及ぼうとしていた――。女性であることの不自由をものともせず生きるヤネケと、変わりゆく時代を懸命に泳ぎ渡ろうとするヤン、ふたりの大きな愛の物語。     
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322102001022/

KADOKAWA カドブン
2022年03月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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