著者のイメージが一新される短編集――柚月裕子『チョウセンアサガオの咲く夏』レビュー【評者:吉野仁】

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チョウセンアサガオの咲く夏

『チョウセンアサガオの咲く夏』

著者
柚月裕子 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041112472
発売日
2022/04/06
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

著者のイメージが一新される短編集――柚月裕子『チョウセンアサガオの咲く夏』レビュー【評者:吉野仁】

[レビュアー] 吉野仁(ミステリー評論家)

■柚月裕子、待望の新刊発売!
著者の13年がつまった短編集『チョウセンアサガオの咲く夏』

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■柚月裕子『チョウセンアサガオの咲く夏』

チョウセンアサガオの咲く夏 著者 柚月裕子
チョウセンアサガオの咲く夏 著者 柚月裕子

■著者のイメージが一新される短編集

評者:吉野 仁

 いちばん好きな柚月裕子の小説は? この問いに、あなたはなんと答えるだろう。
 映画化で人気の警察小説『孤狼の血』シリーズから彼女の作品に夢中になった読者も多いはずだ。大藪春彦賞を受賞した『検事の本懐』をはじめとした〈佐方貞人シリーズ〉の人気も高い。『盤上の向日葵』『慈雨』『ミカエルの鼓動』といった長編で圧倒的な感動を味わった人もいるだろう。容易にいちばんを選べない。

 しかし、ここで断言しておく。『チョウセンアサガオの咲く夏』を読めば、あなたの作者に対するイメージはがらっと一新される。これまで見せたことのない意外な魅力や破天荒な一面に出会うからだ。
 本書は、これまで書き下ろし文庫アンソロジーや小説誌など、さまざまな媒体で作者が書いてきた短編を集めたオムニバス作品集である。枚数、テーマなど作品ごとに大きく異なり、バラエティに富んでいる。しかも、これまでの作風からはおよそ予想できない、衝撃的な問題作がまぎれこんでいるのだ。

 二〇〇九年『臨床真理』でデビューした柚月裕子だが、初期には、宝島社文庫のアンソロジー『5分で読める!』シリーズに参加し、いくつものショートショートを発表している。本書の表題作「チョウセンアサガオの咲く夏」は、そのなかの一作。植物がタイトルの長編『ウツボカズラの甘い息』や『蟻の菜園 ―アントガーデン―』などと共通した雰囲気が感じられる。美しく妖しく毒をもつヒロインが登場する物語だ。彼女たちの心理と行動のむこうに隠された「真理」が暴かれるという物語構造は、デビュー長編『臨床真理』から通じているといえよう。

 本書の二作目「泣き虫の鈴」は、なんと時代は昭和初期、舞台は新潟と山形の県境の村、主人公は養蚕業を営む豪農に奉公している少年・八彦である。その村に、瞽女がやってきたことでいじめられっこだった八彦の運命は変わっていく。盲目の女旅芸人たちを登場させたことで、少年の成長を軸にした時代小説という枠におさまらない深い味わいが漂う。本書のなかでもベストの出来映えであり、作者の新境地を示している。
「サクラ・サクラ」は本収録作のなかで、最初に書かれたショートショートだ。舞台になっているのは、美しいサンゴ礁で知られるパラオ共和国の小島、ペリリュー島である。竹田一義「ペリリュー 楽園のゲルニカ」という話題の戦争漫画が雑誌に連載されたのは二〇一六年からだが、本作の発表は二〇一二年。こちらのほうがはるかに早い。こうした題材に着眼していたとは驚くばかりだ。

 以後、「お薬増やしておきますね」「初孫」「原稿取り」「愛しのルナ」といったショートショートが並ぶ。とくに「愛しのルナ」における猫への偏愛ぶりが気になる。というのも、八つ目の作品「泣く猫」がとくに印象深いからだ。涙腺を刺激する結末は、「泣き虫の鈴」に優るとも劣らない。

 そして「泣き虫の鈴」の続編「影にそう」に続き、本書における最大の問題作の登場だ。「黙れおそ松」である。なんとテレビアニメ「おそ松さん」を愛する作者による二次創作小説なのだ。まさかの不条理設定にギャグが炸裂する。作者が柚月裕子だとは、知らずに読んだらわからない、超がつく怪作だ。

 本書のトリを飾るのは、〈佐方貞人シリーズ〉のスピンオフ短編「ヒーロー」。佐方が米崎地検に配属となってからずっと彼の担当をつとめている事務官・増田陽二の過去と友情をめぐる物語。現時点の最新作である。おそらく『最後の証人』から『検事の信義』までシリーズを愛好してきた人たちには、いちばんうれしい収録作だろう。できれば、「黙れおそ松」で乱れた心をしっかり落ち着けてから「ヒーロー」を読んでほしい。
 それにしても、なんとバラエティに富み、驚きに満ちた作品集であることか。
 柚月裕子おそるべし、である。

■作品紹介・あらすじ
柚月裕子『チョウセンアサガオの咲く夏』

著者のイメージが一新される短編集――柚月裕子『チョウセンアサガオの咲く夏』...
著者のイメージが一新される短編集――柚月裕子『チョウセンアサガオの咲く夏』…

チョウセンアサガオの咲く夏
著者 柚月裕子
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2022年04月06日

柚月裕子の13年がつまった短編集
美しい花には毒がある
献身的に母の介護を続ける娘の楽しみとは……。

柚月裕子は短編も面白い
「佐方貞人」シリーズ、「孤狼の血」シリーズ、『盤上の向日葵』『慈雨』など数々のベストセラー作品を世に送り出してきた著者。ミステリー、ホラー、サスペンス、時代、ユーモアなど、デビュー以来の短編をまとめた、初のオムニバス短編集。「佐方貞人」シリーズスピンオフ「ヒーロー」収録。

収録作
「チョウセンアサガオの咲く夏」「泣き虫の鈴」 「サクラ・サクラ」「お薬増やしておきますね」「初孫」「原稿取り」「愛しのルナ」「泣く猫」「影にそう」「黙れおそ松」「ヒーロー」       
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322012000532/

KADOKAWA カドブン
2022年04月04日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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