『家族』
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家族 村井理子著
[レビュアー] 寺尾紗穂(音楽家・エッセイスト)
◆反発と思慮 二極の反復
悲しくも愛(いと)おしい家族模様を、家族をみな失った地点から、著者が描く。今でいえば多動、発達障害がある兄、ジャズ喫茶の経営を支えて疲弊する母、気むずかしい父。父と兄の不和の中、母の兄に対する過保護が印象的だ。それは大人になっても金銭的援助という形で続いた。母親の在り方として批判は色々あるかもしれない。しかし、著者は母を理解できないと突き放しては、慮(おもんぱか)る。いてほしいときにいつもいてくれなかった、と糾弾はしても、母のために想像することを止めない。
反発と思慮。その二極の反復は、彼女自身に必要な逡巡(しゅんじゅん)であり、同時に肉親との関係を言語化できずに悩む人々のけば立った心を、共鳴を経て鎮めていくような効用を持つのではないかと思う。感情に押し流されそうになっても、限りなく俯瞰(ふかん)を目指すこと。家族が生きている間は難しいこともある。一人になったとき、人はやっと俯瞰の視点に近づけるのかもしれない。
父が亡くなった後、代わりにカナダに著者を訪ねて来てくれた父の親友。しかし、亡父は親友と自分の妻の浮気を疑い、息子の存在に不信の眼差(まなざ)しを向けていた。父子の相克は、父のねじれてしまった愛情と孤独をあぶりだす。度重なる喧嘩(けんか)を経て、父の死後に号泣した兄の不器用な優しさが、作中いくたびも心に残る。その優しさを確信していた母の孤独も、また思われる。発達障害という言葉もなかった時代、異端だった息子のために、何度も頭を下げた母親の、自分だけは彼の理解者であるという愛情が、どこか偏ったものになっていったことを、誰も責められまい。
誰だって完全ではない。窮屈な社会システムや「常識」の中で、やっとのことで生きていく。「時代が良ければ、場所が良ければ」本当は皆で笑い合えたのかもしれないという著者の言葉は“みんな仕方がなかったのかもしれない”という優しい諦念をはらんでいる。同時に、もっと良い社会にできたかもしれない過去、できるかもしれない現在と未来について考えさせられる言葉でもある。
(亜紀書房・1540円)
1970年生まれ。翻訳家・エッセイスト。著書『村井さんちの生活』など。
◆もう1冊
植本一子著『降伏の記録』(河出書房新社)