同級生から「税金泥棒」と言われた施設の子 児童養護施設を取材した作家が伝えたい想い

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ななみの海

『ななみの海』

著者
朝比奈あすか [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575244892
発売日
2022/02/17
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

子どもから「税金泥棒」と言われる子ども。大人として、その間違いを正せるか?

[文] 双葉社

 これまで、社会的背景をモチーフとした小説を多く発表してきた作家・朝比奈あすかさん。なかでも、現代に生きる子どもたちの姿を様々な角度から見つめた作品は高い評価を得ている。

 スクールセクハラに果敢に切り込んだ『自画像』(15年刊 双葉社)、小学校運動会の組体操の是非を問う『人間タワー』(17年刊 文藝春秋)、小6の教室内の空気を繊細に掬い取った『君たちは今が世界すべて』(19年刊 KADOKAWA)、中学受験に過熱する家庭を描いた『翼の翼』(21年刊 光文社)など、いずれも多くの読者の支持を集めた。中学や高校の受験問題に作品が採用されることも多い。

 その朝比奈さんの最新作『ななみの海』が刊行された。中学時代から児童養護施設で暮らす女子高生、ななみの成長を描いた長編小説だ。

 なぜ今、このような物語を書いたのか? 執筆のきっかけや、作品に込めた想いを聞いた。

 ***

どんな親でもその子にとっては親だから

──児童養護施設を物語の舞台に選んだきっかけは?

朝比奈あすか(以下=朝比奈):新連載のテーマを決める話しあいをしていた時期に、千葉県野田市の小学4年生の女の子が虐待死した事件(2019年1月)が報じられていました。編集者と小説の話をするはずが、その話題になったとたん、2人とも言葉が出ないって感じになってしまって……。その時、編集者が、「虐待死の報道があるたび、亡くなった子どもたちが天国で集まって遊んでいる姿を思い浮かべてしまう」と言ったんです。その言葉が私の心に残り、その頃から、虐待も含め、いろいろな事情から保護された子どもたちが集まる児童養護施設について書かれた本を読むようになりました。児童養護施設の職員の言葉が記されている本も読み、保護されてきた子どもたちと日々接している方々にお話を聞いてみたいと思うようになりました。知りたいと思ったのが、執筆のきっかけになったと思います。


『ななみの海』著者・朝比奈あすかさん

──執筆にあたり、施設を取材されたそうですが、特に印象に残ったことはありましたか?

朝比奈:3つの施設を見学させていただきました。食堂や体育館や勉強に集まる部屋などの空間から、子どもたちの生活スペースまで。目にしたものは全て印象的でしたが、でもやっぱり一番は、言葉でしょうか。お話をさせていただいて、皆さんの何気ない話の中から、私には見えていなかったことが沢山あったと気づかされたというか。

 たとえば、子どもに虐待をした親についてですが、報道でその詳細を知るたびに私は、こんな人は親になる資格がないと憤っていました。施設の方々にその気持ちを伝えたところ、どの施設の職員さんも、親を否定しなかったんです。「どんな親でもその子にとっては親だから……」と。「頑張ろうとしている親もいる。その頑張りを認めてくれる人が誰もいなかったらどうなるだろう?」とおっしゃる方もいましたし、「親もケアされることが必要な場合がある」と、具体的なことを話してくださった方もいました。

 私にはできない見方でしたし、たくさんの親子を間近で見ている職員の方々の言葉は重く、印象に残りました。

自分の生き方を自分で決めて歩き出す高校生の成長を描きたかった

──塾をさぼりがちな施設の子が、他の子どもから「税金泥棒」と言われます。子どもが子どもに言う言葉として、とてもショックでした。

朝比奈:ショックですよね。けれどもこの話は創作ではなく、施設の方から聞いた実話なのです。施設で暮らす中学生が、実際に同級生から「税金泥棒」と言われたそうです。

 おそらく、言った中学生は誰かの受け売りでしょうが、子どもが子どもに「税金泥棒」という言葉を投げたという事実は、今の社会を映し出している気がしました。子どもの社会は大人のそれの映し鏡のようなものだと思います。そこには、大人たちの短絡的なものの考え方や、差別につながる偏見をネットなどを通じて声高に言える状態があります。そうやって使われた強い言葉が、現実の社会の中で、より弱者へと刃物のように鋭く向かってゆく感じがしました。

 唯一の救いは、同級生からそう言われたという話を、その子が職員にできたことです。職員の方はその子の話をよく聞いて、その言葉は間違っているという話をされたそうです。そこにある信頼関係にほっとしました。その方に聞いた話をヒントに、小説の中ではわたしなりに膨らまして、その子がかけられた『税金泥棒』という言葉が絶対的に間違いである理由を考えながら書きました。

──ななみは大学の医学部進学を目指し、猛勉強しています。そして高3の夏に、ある決意をします。物語の山場とも言えますね。

朝比奈: どういう決意をしたのかはぜひ小説を読んでもらいたいのですが、私たちの生き方のようなものについても考えながら書きました。

 というのも、『ななみの海』を連載していた時期に、『翼の翼』という中学受験の小説も書いていて、まったく生育環境の違う子どもたちが出てくるのです。『翼の翼』の主人公である翼は、とにかく日本で一番東大合格者数の多い難関中学を目指そうと親から望まれ、それにこたえようと頑張る小学生です。週に何日も塾に通い、たくさんの模試を受ける生活ですが、どういう大人になりたいのか、どういう人生を歩きたいのか……小学生の翼がどこまで考えているのか、彼の心の中を親は見ようとしません。

 一方、『ななみの海』のななみも、「施設出身でも馬鹿にされないように」という祖母からの言葉を胸に医者を目指し、猛勉強の日々ですが、17歳の彼女は、どういう大人になりたいのか、どういう人生を歩きたいのかを考える力を得ていきます。自分の生き方を自分で決めて歩き出す彼女の成長を描きたいと思いました。

どんな大人になりたいのか、それを友人に伝えることで

──児童養護施設以外でのななみの日常、たとえば高校生活やダンス部での活動、友情や恋愛についても細やかに描かれています。

朝比奈:児童養護施設で暮らしているということだけが彼女の特徴ではないので。

 取材していて改めて感じたことで、全部当たり前のことなんですが、施設の子たちもふつうに学校に通って、部活をしたり、勉強をしたり、休日には出かけたり、遊んだり……。友達がたくさんいる子もいますし、中には施設に友達を呼んで遊んだりする子も。本人がいない時に、友達のほうが勝手に施設に遊びに来ることもあるとか、ふだんの話もいろいろ聞きました。そういう話を聞くと、可哀そうな子が頑張っているという感じでもなく、どこにでも日常があり、その日常を生きている子どもたちがいて、笑いあり涙あり、退屈な日も忙しい日もありって感じなんだろうなとも思いました。

 そういう意味では、親元で暮らしている子たちもまた、高校生なりの悩みがあったり、うきうきしたり絶望したり、思春期ならではの激しい心や自意識もあるでしょう。そのあたりは、生い立ちで区分けし過ぎず、17歳の頃に自分はどんなふうに世の中を見ていただろう、何を考えていたのだろうと、過去の自分を思い出しながら書きました。

──物語の終盤で、ななみが親友に向けて言う言葉がとても印象的でした。「良い大人が増えれば、困らない子どもも増えるっていう、単純な原理。でも、本当はそれが世界でいちばん大事なことだと思う」。この言葉に込めた想いとは?

朝比奈:そうですね……。ここは、ななみの思いをまっすぐに書きたいと思いました。

 子どもが子どもに「税金泥棒」と言うような社会で、人はどう生きていくべきか、良い人間というのはどういう人間なのか、どんな大人になりたいのか。高校生のななみが考えて、その考えを伝えることで、友人に良い影響を与えてゆくシーンを描きたかったのです。

「生き延びてくれた」子たちが安心して大人になっていける社会に

──この小説を執筆したことで、朝比奈さんの中で何か変化はありましたか?

朝比奈:あったのかどうか、自分では分かりません。たぶんあったのだと思いますが……。

 小説を書いたことと同じくらい、3施設を取材させてもらえたことが、私にとっては大きかった気がします。コロナ禍に差し掛かる直前で、あと1か月遅かったら無理でしたから、運も良かったんです。

 今も思うのは、私たちが虐待のニュースなどに憤って「何とかしなければ」と思っても、そのことをずっと考え続けることはなかなか難しく、やがて忘れてしまうということです。でも、現場には常に保護された子どもたちと向き合っている人たちがいるのです。綺麗事の世界ではなく、取っ組み合いの喧嘩や、学校や警察に頭を下げることもあるという話も聞きました。現場の皆さんは、ある意味、憤った私たちの気持ちをも引き受けて、365日そこで子どもたちを支えているわけです。

 ある施設の方に、子どもたちが施設に来る前に体験してきたことについてどう思うかというようなことを聞いた時に、少し考えてから、「よく生き延びてくれたと……」とおっしゃって、それからしばらく黙り込まれていました。そういう時の表情を見ると、ああ、現実なんだな、と突きつけられます。私が生きている同じ時代の同じ国に、本当に苦しいところにいる子、そこから生き延びてきた子たちがいるんだなと。そのことを考えると、ちょっと子どもっぽい言い方かもしれませんが、率直に、この世界をもっとよくしなければいけないのだと、思いました。「生き延びてくれた」子たちが安心して大人になっていける社会にしていきたいと。

『ななみの海』では、児童養護施設や里親のもとでの児童の養育が満18歳までであるという執筆した当時のルールについて、それがどれほど冷徹なものかを具体的に書きました。その後、ちょうど今月(2022年1月)、厚生労働省がその年齢制限を撤廃する方針を発表しました。これには本当にほっとしましたが、施設ごとに進学観が違ったり、就職の際のサポート体制などについても、まだまだ見直すべきところはあるように思います。取材させてもらえたことと、『ななみの海』を書いたことで、そうしたことを考えるようになったのが、自分の中での変化かなと思います。

COLORFUL
2022年2月18日、2月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

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