映画化多数のあの名作を、1832年の原書挿絵20点入りの豪華新訳で!――『ノートル=ダム・ド・パリ』ヴィクトル・ユゴー文庫巻末解説【解説:大友徳明】

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ノートル=ダム・ド・パリ

『ノートル=ダム・ド・パリ』

著者
ヴィクトル・ユゴー [著]/大友 徳明 [訳]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784041110829
発売日
2022/02/22
価格
880円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

映画化多数のあの名作を、1832年の原書挿絵20点入りの豪華新訳で!――『ノートル=ダム・ド・パリ』ヴィクトル・ユゴー文庫巻末解説【解説:大友徳明】

[レビュアー] 大友徳明(翻訳者)

■映画化多数のあの名作を、1832年の原書挿絵20点入りの豪華新訳で!
『ノートル=ダム・ド・パリ』ヴィクトル・ユゴー文庫巻末解説

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

■ 『ノートル=ダム・ド・パリ』ヴィクトル・ユゴー作

映画化多数のあの名作を、1832年の原書挿絵20点入りの豪華新訳で!――『...
映画化多数のあの名作を、1832年の原書挿絵20点入りの豪華新訳で!――『…

■訳者あとがき
大友徳明

 本書は、十九世紀フランスの文豪ヴィクトル・ユゴーの小説『ノートル=ダム・ド・パリ』を短縮して新たに訳出したものです。原作は十一編から成り、各編が複数の章をもつ正真正銘の長編小説ですが、本書では全体を51章に細かく分け、内容に沿って章タイトルを付してあります。
 ユゴーのこの傑作古典は、これまで何度も映画や舞台、アニメーションなどに翻案されてきたので、おおよそのストーリーは知っているという人は多いかと思いますが、原作を読んだことがあるという人は、あまり多くはないと存じます。
 原作は、同じユゴーの大作『レ・ミゼラブル』と同様、きわめて長大で複雑な構造を持っており、主要キャストがなかなか登場しなかったり、一見ストーリーと関係のない話が延々と続いたりするので、現代の日本の読者にとってはすこぶる読みにくい小説と言えます。

 そのため、本書では何よりも「読みやすさ」を目指しました。さらに、できるだけ原作の面白さを盛りこむべく、登場人物たちの激しい葛藤、中世のパリの活気あふれる〈奇跡御殿〉、生き別れの母娘の数奇な運命などを、読者がなるべく自然にたどれるように筋書きの構成を心がけました。
 主要人物たち──容貌怪奇なカジモドの愚直なまでの心根も、執拗きわまるクロードのストーカー的行動も、後の世に「ファム・ファタル(宿命の女、男の運命を狂わせる女)」の烙印を押されてしまうエスメラルダの美しさも、興味津々の筋書きの合間に妖しく輝いているので、読者はこの小説の醍醐味を十分に味わうことができるでしょう。
 年譜をご覧になればわかるように、『ノートル=ダム・ド・パリ』は一八三一年に刊行されました。そこで、その前後のヴィクトル・ユゴーの状況を説明して、あとがきに代えたいと思います。

 ユゴーは、一八二七年頃から、ロマン主義文学運動を進める若きリーダーとなっていました。パリのノートル=ダム=デ=シャン(現在のパリ六区)の彼の家には、サント=ブーヴ、ヴィニー、デュマ・ペール、ミュッセ、もっと若い世代のネルヴァルやゴーチエなどの作家たちが寄り集まったようです。社会の変革や芸術の革新を求めたこのグループは〈セナークル(結社)〉と呼ばれました。
 ユゴーは自作の史劇『クロムウェル』(一八二七年)の序文で、あらゆる桎梏や束縛から芸術を解放すること、つまり芸術の絶対的自由を訴えました。この序文はロマン派の宣言書と言われましたが、彼はさらに、一八二九年に発表した『東方詩集』の序文でも、同じ主張をくり返しました。
 そして一八三〇年二月、ユゴーのロマン派劇『エルナニ』が、パリのコメディ=フランセーズで初演されました。従来の古典悲劇では、とりわけ「三一致の法則」(芝居の筋はただ一つだけとし、場面も同じ一つの場所に、時間もその日一日に限られるとするもの)が重んじられてきたので、これを無視するユゴーの芝居の上演は大きな評判を呼び、古典派とロマン派の〈エルナニの戦い〉とまで言われました。古典派の観客は芝居をやじり倒そうとしましたが、ピンクのチョッキを着こんだゴーチエなどロマン派の観客の拍手喝采がやじを圧して、『エルナニ』の上演は華々しい成功を収めました。

『エルナニ』の大成功の前、一八二八年十一月、ユゴーは出版元のシャルル・ゴスランと契約を結び、当時流行していたウォルター・スコット(スコットランドの作家一七七一─一八三二年)風の歴史小説を書く約束になっていました。この小説が『ノートル=ダム・ド・パリ』になるわけですが、一八二九年四月の原稿引き渡し期限にもユゴーが原稿を渡さないため、ゴスランは怒って新しい契約を取り決め、一八三〇年十二月までに原稿が入手できない場合は、ユゴーが罰金を支払うという条件が課せられたということです。
 いよいよ切羽詰まって、ユゴーは一八三〇年六月、作品のための膨大な資料を集めはじめ、パリで七月革命が勃発する直前に小説の冒頭部分を書きだしました。そして一八三一年一月十五日には小説を書き終え、三月には出版に漕ぎつけたというのですから、やはりこの作家の筆力、エネルギーの強大さに感嘆せざるを得ません。
〈エルナニの戦い〉に堂々勝利して喝采を博し、中世のパリの民衆を活写する念願の長編小説を出版したユゴーは、さぞかし晴ればれとした心境にあったと思いきや、逆に苦悩と悲しみの渦に巻きこまれていました。それは、妻アデールが〈セナークル〉のなかでも特別に親しい仲間であるサント=ブーヴに近づき、後に近代文学批評の祖とまで言われるこの人物を愛するようになったためです。
 一八二九年当時、サント=ブーヴはほぼ毎日のようにユゴー家を訪れ、教会で告解を聞く聴罪司祭さながらにアデールと接し、二人で語り合っていたと言います。
 詩人ユゴーは、一八二九年八月九日の自作の詩にこう書き残しました。

 ……ああ、恋しい女よ! ああ! いまや影が、
ぼくたちの空を覆い、人生は暗い。
いまや不幸の雲がわき起こる、ゆっくりと、
ぼくたちの光かがやく蒼い天空に。
いまや目の前の光景は、かげり、遠ざかる。
ぼくたちの世界は消えた、黒い薄暮の中に。
……
詩集『秋の木の葉』(一八三一年第十二編の一部)

 ユゴーの伝記を著したアンドレ・モロワ著『ヴィクトール・ユゴー』(辻昶・横山正二=訳、新潮社 一九六一年)には、ユゴーとサント=ブーヴの頻繁な手紙のやりとりや文学者同士の微妙な関係が詳しく語られていますが、結局一八三四年、二人は決別を迎えることになります。
 妻のアデールは夫ヴィクトルとの生活に戻りましたが、これも年譜で明らかなように、一八三三年、ユゴーは舞台女優ジュリエット・ドルーエとの恋愛関係を深めていき、彼女を「生涯の伴侶」とするのです。
 いま『秋の木の葉』の一節で垣間見たように、ユゴーは夫婦の危機が暗雲のように迫りくる不安を、そのまま詩に書きとめました。このように個人の心の内側、感情や苦しみ・悲しみを赤裸々に描くことも、ロマン派の詩の特徴の一つと言えます。

 ところで本書には、KADOKAWA編集部の大いなる努力のおかげで、幸いにも『Notre-Dame de Paris』Eugène Hugues 一八三二年版の挿絵を収録できました。ここに収められた挿絵はすべて、ユゴーと同時代の挿絵画家によるエッチング作品です(各々の挿絵画家と版制作者の名前は、巻末の一覧をご覧ください)。
 二十点に及ぶこれらの挿絵のなかで、例えば、大聖堂の鐘につかまって嬉々として揺れ動くカジモドの姿(「第13章  大聖堂の鐘突き」)をご覧ください。大音量を響かせながら躍動するカジモドの姿は、現実を離れた空想の世界に溶けこみ、この絵だけでも十分にロマン主義を感じさせてくれます。
 また、カジモドが愛するエスメラルダを守ろうと、大聖堂の上から溶かした鉛を二本の滝のように流し落とす場面(「第41章  大聖堂前の攻防」)も、まさに想像力のもたらす世界で、ロマン派の本領発揮と言えるでしょう。
 そして小説の最後を飾る挿絵(「第51章  カジモドの結婚」)は、昔の処刑場でもあったモンフォーコンの墓場(現在のパリ十区、サン・マルタン運河の東に広がる傾斜地にあった)が描かれています。現在のパリからは考えられない風景ですが、ロマン主義の想像世界のなかには、このように惨たらしく寒々しい死の情景も存在したのでしょう。
 このほか、タンバリンを叩いて踊る美しい娘エスメラルダや、どこまでも彼女につきまとうクロード・フロロなど、それぞれの登場人物の姿や、中世のパリのようすを描いた十九世紀の挿絵を、十分にご鑑賞ください。
 巻頭には、作品の舞台となったパリの地図を載せることができました。ノートル=ダム大聖堂の場所はもちろんのこと、〈奇跡御殿〉やエスメラルダが踊っていたグレーヴ広場の位置などをご確認いただけたらと存じます。

 なお、本書中に、「ジプシー」という言葉が多数出てきます。「ジプシー」は、かつてヨーロッパを中心に移動しながら生活していた少数民族ロマの人々を指す呼称の一つですが、とくにヨーロッパでは、歴史的に「ジプシー」に対するきびしい差別と迫害があり、いまなおその影響が残っているという事実があります。そのため、翻訳のなかで「ジプシー」という表現を使うことは、現在の人権擁護の見地からは不適切だという考え方もあるでしょう。
 しかしながら、ユゴーがこの作品を書いた一八三〇年代という時代的背景や、ヒロイン・エスメラルダが、そんな社会の差別的な扱いを受けながらも、強い信念とプライドを持ち、自分の信じる道を生きようとする姿が作品の核ともなっていることに鑑み、あえて「ジプシー」という表現を残しました。差別を容認し助長する意図はまったくないことをご理解ください。

 二〇一九年四月十五日、パリのノートル=ダム大聖堂が火事になり、その衝撃的な映像が日本のテレビ・ニュースにも流されました。さらに同年十月末には、沖縄の首里城の正殿を含む九棟が焼失する悲報が続きました。
 洋の東西を問わず、こうした歴史的建造物は、多くの人々の心の中で、かけがえのない精神的な支柱の役割を果たしてきたはずです。フランスでも日本でもそれぞれすでに再建計画が実行に移されているようですが、パリの大聖堂と沖縄の首里城の、できるだけ早い復元と再建を願ってやみません。

■作品紹介・あらすじ
『ノートル=ダム・ド・パリ』ヴィクトル・ユゴー作

映画化多数のあの名作を、1832年の原書挿絵20点入りの豪華新訳で!――『...
映画化多数のあの名作を、1832年の原書挿絵20点入りの豪華新訳で!――『…

ノートル=ダム・ド・パリ
著者 ヴィクトル・ユゴー
訳者 大友 徳明
定価: 880円(本体800円+税)
発売日:2022年02月22日

映画化多数のあの名作を、1832年の原書挿絵20点入りの豪華新訳で!
15世紀末のパリ。ノートル=ダム大聖堂の副司教クロード・フロロは、聖堂前の広場で踊るジプシーの娘エスメラルダに心を奪われ、自分が育てた異形の鐘つき男・カジモドに誘拐させて、わがものにしようとする。しかし間一髪、王室騎手隊の隊長に救われ、エスメラルダはその若き隊長フェビュスに一目ぼれしてしまう。嫉妬に狂った副司教のクロードは、フェビュスを殺し、エスメラルダにその罪を着せ破滅させようとする。一方、エスメラルダの美しさとやさしさにふれ、いつしか愛情を抱くようになったカジモドは、彼女を絶望的な運命から救いだそうとするが――。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322010000532/

KADOKAWA カドブン
2022年04月06日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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