中篇の力作三篇が収められた金田一耕助シリーズの異色作――横溝正史『貸しボート十三号』文庫巻末解説【解説:中島河太郎】

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貸しボート十三号

『貸しボート十三号』

著者
横溝, 正史, 1902-1981
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041123539
価格
858円(税込)

書籍情報:openBD

中篇の力作三篇が収められた金田一耕助シリーズの異色作――横溝正史『貸しボート十三号』文庫巻末解説【解説:中島河太郎】

[レビュアー] 中島河太郎

■横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
横溝正史『貸しボート十三号』文庫巻末解説

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

■ 横溝正史『貸しボート十三号』

中篇の力作三篇が収められた金田一耕助シリーズの異色作――横溝正史『貸しボー...
中篇の力作三篇が収められた金田一耕助シリーズの異色作――横溝正史『貸しボー…

■解説
中島河太郎

 金田一耕助のシリーズは、もちろん長篇も楽しいが、中・短篇もそれに劣らずおもしろい。それぞれ題材によって長さが左右されるだけで、中・短篇もそれなりに緊密な構成をとっている。本巻には中篇の力作三篇を収めて、異色の一冊が編まれている。
「湖泥」は昭和二十八年一月の「オール読物」に発表されたが、挑戦形式をとって推理小説ファンの三氏が、それぞれ解決篇を執筆し、著者の結末とともに併載されている。
 横溝氏の地方色ゆたかな作品には、数代にわたる両家の反目、軋轢が背景となっているものが少なくない。「獄門島」や「八つ墓村」をはじめ、お馴染の風景だが、本篇でも冒頭に、うわべは平穏に見える農村のほうが、犯罪の危険性をはるかに内蔵していることが語られている。
 ここでも対立する両家の双方の息子が、ひとりの女性を争って、一方に結納がきまったから、婚礼までに一騒動起らずにはいまいといった矢先、彼女の失踪事件で幕が開く。
 烏の群っている小屋から発見された美女は、片眼が失われていて、そこだけ見ると妖婆のように無気味であった。しかもその小屋の住人は、湖上に浮かんでいた死体をとうの昔に拾いあげてきて、弄んでいたという。
 こうなるとこれまで眠っていたような村も、蜂の巣をつついた喧騒状態となる。村のマドンナが消えうせたばかりでなく、猟奇的犯罪の様相を濃くし、さらに村長の後妻の消息不明が加わり、これらの事件に村の主立ったメンバーが関係しているのだから、耳目をそばだたせるには満点だった。
 著者がはじめ雑誌に発表したとき、章節に分けていなかった。現行本では多少辞句に手を加えた程度だが、その第八章の終りに当るところで、読者に挑戦している。「作者曰く。以上でだいたい犯人捜索のデータは揃っているつもりです。ひとつ金田一耕助くそくらえの名探偵ぶりをお見せください」
 それに対して編集部では、三人に委嘱して解決を求めた。「挑戦に答う! 以上、横溝氏の挑戦に対して、推理小説ファンの三氏は、名探偵金田一耕助に代って次の如き解決を下しましたが、果して殺人鬼の謎をはらむ足跡をつきとめたか否や!」
 解答者は服飾研究家花森安治、漫画家横山隆一、新聞記者飯沢匡の三氏である。まず花森氏は「『モハン』的解決」と題して、浩一郎、村長後妻、由紀子の三角関係から、赤土の掘穴の場での鉢合わせが凶事を起こしたと推定する。
 横山説は「浩一郎の告白」と題して、息子同士と女性二人のからみ合いに大きな意味をもたせ、飯沢説は「名探偵の手紙」と題して、パロディーに仕立ててある。金田一が浩一郎の告白を聞こうとした瞬間、倒れてしまってから半身不随になったので、世界的名探偵フーダニット氏に手紙で委しく状況をしらせ、答えを貰った形になっている。彼は村長後妻と由紀子との対決から、さらに村長の登場を推定している。
 三者三様の解決篇の並んだあとに、著者の解答が示されているわけだが、意外性という点では申し分がない。どうしても眼前の痴情関係に目は向けられがちだが、因習にとらわれた村落には、もっと根強い猜疑心や嫉妬、それに抑圧されたものが存在しているのだ。
 著者の疎開生活は「本陣殺人事件」以下の多くの岡山物の長短篇を生んだが、それらは単にローカル・カラーの彩りを添えたばかりではなかった。地方人にわだかまり、屈折している心情のニュアンスを捉えて、それらの織りなす複雑な経緯を、推理小説の枠のなかに見事に再現しているのである。
「貸しボート十三号」は、昭和三十二年八月の「週刊朝日別冊」に発表されたのが原形である。第四章までは辞句に手入れした程度だが、あとは一瀉千里にこの奇妙な殺人の謎が解かれている。
 金田一の活動と推理を追うていくことは、いたずらに原稿用紙の枚数をふやすだけなので、彼によって解明された真相を、簡単に書き記すとある。事件そのものが極端に変っているだけに、その犯行と動機もすこぶる異様だった。著者はやはり存分に書いておこうと、大幅に改稿して、翌年の東京文芸社版「火の十字架」に収めた。
 浜離宮公園の沖で発見されたボートに男女の死体が横たわっていたのが、事件の発端である。どちらの首も挽き切ろうとしたのが、途中で中止された形になっていて、半分ちぎれそうになっている。しかも女は絞殺されたあと心臓をえぐられ、その反対に男は心臓を突き刺されてから絞殺されている。思いきって謎の提出が異常であった。
 複雑怪奇を極めている事件だけに、かえって犯人にとってウイーク・ポイントがあるのではないか、だから案外簡単に片づくのではという金田一の予言は、半分当っていたが、肝腎なところで半分外れていた。予想を超えてはるかに複雑怪奇だったのである。
 殺人現場がボート・ハウスと推定され、被害者の男がボート部選手と判明してその合宿を訪ねたのが、金田一と等々力警部、それに腹心の新井刑事の三人であった。選手たちとの交歓は、はじめは白眼視されたが、話が軌道にのっておのずとかれらの性格、交情が浮かびあがってくる。
 かれら全員の憧憬の的の女性が、被害者の婚約者であり、しかも金田一のパトロンの姪であった。彼女を射とめた被害者に対する同輩の交錯した感情が、この事件の大きな支えとなっている。全関係者を集めての真相発表は、金田一の演出をもっとも効果的あらしめただけでなく、当事者の微細な心理に触れて、委曲をつくしている。
「堕ちたる天女」は昭和二十九年六月の「面白俱楽部」に発表された。中学生の交通量調査の最中、トラックが荷物を落したのを見届けた。それからとび出した石膏のなかには美しい女性が塗りこめられていたのだ。
 被害者はストリッパーだったが、男嫌いで通っていた。レズビアンなのに、急に彫刻家と称する男に夢中になったので、「堕ちたる天女」とからかわれ、本人も自認していた。
 第二の石膏美人が見つかる一方、一番目の被害者の同僚が襲われて、首を絞められた。犯人の目星もついているのに、第三の殺人まで発生するのだから、杳として消息のつかめない悪鬼に対する当局の焦慮は並大抵ではない。
 現代の愛欲の縮図を見せつけられるが、著者は伏線にも手がかりにもこれらを活用している。センセーショナルな犯罪形態は偶然の結果のように見えたが、あとから齎された中学生の証言で、作意が働いたことが見透かされて、俄然金田一の推理が深まる。
 岡山物でお馴染の磯川警部に照会し、戦前の事件との繫がりまで指摘される。磯川の上京で、等々力警部との顔合わせが実現するのも、金田一ファンにとっては、楽しいサーヴィスである。
 冒頭に石膏に塗りこめられた死体を見せつけられると、つい乱歩風のスリラーが思い浮かぶ。それに愛欲が加わって、ますます華やかな彩りに眩惑されるのだが、底には冷徹な打算の働いた、戦前からの犯罪キャリアの持ち主が相手であった。
 極め手がどこもなく、金田一の意見も仮説の域を出なくて、切歯扼腕の他はないとき、金田一はわざわざ上京してきた磯川警部に、手がかりの贈り物をもって労をねぎらい、同時にこちらの連続殺人にも終止符をうつ。難問を解いて凶悪な犯罪者の存在を思うと、金田一の心境はやはり鬱陶しいのである。

■作品紹介・あらすじ
横溝正史『貸しボート十三号』

中篇の力作三篇が収められた金田一耕助シリーズの異色作――横溝正史『貸しボー...
中篇の力作三篇が収められた金田一耕助シリーズの異色作――横溝正史『貸しボー…

貸しボート十三号
著者 横溝 正史
定価: 858円(本体780円+税)
発売日:2022年02月22日

横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
白昼の隅田川に漂う一艘の貸しボート。中を見た人々は一斉に悲鳴を上げた。そこには首を途中まで挽き切られ、血まみれになって横たわる、男女の惨死体があったのだ。
名探偵・金田一耕助による聞き込みで、事件直前に、金ぶち眼鏡をかけ、鼻ひげを蓄えた中年紳士がボートを借りたことが判明。謎の人物を追って捜査が開始されたが、事件は意外な方向に……。
表題作に「湖泥」「堕ちたる天女」を加えた、横溝正史の本格推理。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322111000520/

KADOKAWA カドブン
2022年04月07日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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