身内だから触れられたことも、身内だから触れられなかったことも 『ちばあきおを憶えていますか 昭和と漫画と千葉家の物語』

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ちばあきおを憶えていますか 昭和と漫画と千葉家の物語

『ちばあきおを憶えていますか 昭和と漫画と千葉家の物語』

著者
千葉 一郎 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784087817164
発売日
2022/03/18
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

身内だから触れられたことも、身内だから触れられなかったことも

[レビュアー] 吉田豪(プロ書評家、プロインタビュアー、ライター)

 野球漫画といえば魔球が当たり前だった時代に、普通の人間が地道に努力する『キャプテン』や『プレイボール』でヒットを飛ばした、ちばあきお。これは、1984年に自ら命を絶った彼の短い人生を、長男・千葉一郎が掘り下げた本だ。もちろん身内だから触れられたことも、身内だから触れられなかったこともあるし、版元が集英社だから触れにくくなったこともあるのかなとは思う。

 たとえば、彼が「頼まれると断れない性格だった」例として、兄・千葉研作による「だって、新聞の勧誘を断れないんだから。あいつの家に行くと、ここは銀行の待ち合いロビーかっていうぐらい、新聞が各紙ズラリと置かれている。ないのは『赤旗』と『聖教新聞』ぐらいだ(笑)」という証言を引き出したり、彼が「心身の疲労が限界に達した」ため「連載の終了」を自ら申し出たと夫人が証言しているのは、それがプラスになった部分だろう。ただ、「アルコール依存症の治療施設も“脱走”のような形で数日で出て」いき、「飲みに行かないよう書斎に軟禁」しても「ベランダに出て、排水管をつたって」脱走した彼が何に追い詰められていたのかについて、具体的な話はほとんど出てこないのだ。

 ボクが以前取材した某漫画家は、「あきおさんってホント遅筆なんだよね。だから、月刊1本だけやってたんだけど、週刊のほうでも連載を頼まれて、まじめだから逃げられなかったんだね」などと言っていた。

 晩年、明らかにヤバい状態になっていたので、飲み仲間の武論尊も彼を避けるようになり、そして武論尊と入れ替わるように飲み仲間となったのが江口寿史だった。ボクの取材で江口寿史が「僕の漫画界での功績は自由に休めるようにしたっていう、そこが一番大きいんじゃないですかね」「だいたい週刊で漫画を描くなんて無理なんですよ!」と言っていたのも、おそらくちばあきおが影響しているはずなのである。

新潮社 週刊新潮
2022年4月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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