なぜ異国を舞台に描くのか? その時代、その場所だからこその物語があるからだ

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なぜ異国を舞台に描くのか? その時代、その場所だからこその物語があるからだ

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 深緑野分の話題作『ベルリンは晴れているか』が文庫化された。大戦直後のベルリンを舞台にしたロードノベル的な味わいも持つ歴史ミステリーである。

 1945年7月、四か国統治下のベルリン。戦中に家族を喪った17歳のアウグステは、アメリカ軍の食堂に職を得る。だが、かつての恩人の不審死を知り、彼の甥に訃報を知らせるために出立。道中出会うのは、さまざまな形で戦後を生き抜こうとする人々だ。

 幕間として挿入されるのは、アウグステの幼い頃から現在に至るまでの物語。彼女がなぜ両親を亡くしたのか、死んだ恩人とはどのような関わりがあったのか。当時の暮らしや町の様子が克明に描かれ、そのなかで人々が抱えていた葛藤や困難が見えてくる。この時代、この場所だからこその物語をここまで描き切るには、相当な事前準備が必要だったろう。4月13日頃に発売される深緑の新作『スタッフロール』も英米を舞台にした、映画の特殊造形やCGが題材の物語だが、こちらも造形技術から時代背景に至るまで細やかに描かれている。

 海外を舞台にした小説を書き続ける作家といえば、佐藤賢一だ。『小説フランス革命』など超大作の著作を持つ彼が1999年に直木賞を受賞した作品が、『王妃の離婚』(集英社文庫)である。1498年、フランス王のルイ12世が王妃ジャンヌに対して離婚訴訟を起こす。当時、キリスト教社会で離婚訴訟があったことが驚きだ。圧倒的に不利な立場にある王妃側についた弁護士の奮闘を描くリーガル・ミステリーだ。

 意外な作家が海外の物語を上梓した例も。大島真寿美『ピエタ』(ポプラ文庫)は、18世紀のヴェネツィア共和国に実在した慈善院ピエタが舞台。そこで指導していたのが、あのヴィヴァルディだという。ここで働くエミーリアは彼が逝去した後、ある人物から彼の楽譜を探すよう依頼され、夜な夜なピエタを抜け出し街をさまよう。やがて彼女が見つける手掛かりとは。

 どれも、離れた時代と場所にいる人々への想像力と、描写力に感嘆する。

新潮社 週刊新潮
2022年4月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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