『メタバースとは何か』
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仮想世界は現実の下位互換に非ず
[レビュアー] 佐藤健太郎(サイエンスライター)
昨年、フェイスブックが社名を「メタ」へ変更したことが話題を呼んだ。ネット上の仮想世界「メタバース」を制する者が次代の覇者になると考え、一直線にそこを目指す、と彼らは宣言したわけだ。
こうして一挙にバズワードとなったメタバースについて、わかりやすく解説したのが岡嶋裕史『メタバースとは何か ネット上の「もう一つの世界」』だ。いや、解説書というのは不適切だろう。メタバースの実現を強く望み、そこに住みたいという著者の願望が、本書のベースになっている。
個人主義の進展、社会の機能不全などから、現実世界はどんどん生きづらくなっている。ならば、現実より都合よく作られたメタバースに移り住む選択肢はどうか、と著者は提案する。そこでは経済活動もでき、現実には成し得ない娯楽もあり、恋愛さえできる。これを単なる逃避と見る向きもあるだろうが、リアル世界の下位互換などではない、大きな可能性が秘められてもいる。
こうした発想は二〇年も前からあり、当時は技術の未発達もあってうまく行かなかった。今回こそITの巨人たちの思い通りに事が進むか、まだわからない。だがすでにゲームなどを中心にメタバースは実現に近づいており、時代は必ずそちらへ動いてゆくだろう。
単なるメタバース論にとどまらず、現代を捉える著者の視線も示唆に富む。五年後、一〇年後に本書を読み返してみると、また面白いことだろう。