人生のどん底を味わった女性は「赤鼻のクラウン」になった

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

人生のどん底を味わった女性は「赤鼻のクラウン」になった

[レビュアー] 町亞聖(フリーアナウンサー)

「世界で一番小さい仮面」をご存知ですか? 映画『パッチ・アダムス』のパッチが顔につけているあの赤鼻のことです。パッチ・アダムスは実在の人物で、ケアリング・クラウン(道化師)として世界各地を訪問し、心身に傷を負った人に癒しや元気を届ける活動をしている医師です。

 本書は、著者の金本麻理子さんが、そんなパッチとの出会いにより自分を肯定することが出来るようになった経験をまとめた一冊。訪問介護などの仕事を経て、現在は日本にクラウンを普及させる活動をしている金本さん。失恋や最愛の祖母の死を相次いで経験し、人生のどん底にいる時に観たのがパッチの映画でした。すごいのは、その後の彼女の行動。なんと、パッチに会いたい一心で、ロシアで開催されるクラウンツアーに参加することに! ロシア語も出来ず、ネットの情報もない時代に、クラウンの衣装でツアーに辿り着いた彼女とパッチの出会いの場面は、読んでいるだけでドキドキとワクワクが止まりません。

 実は私も本物のパッチに逢ったことがあるんです! しかも同じように喪失と挫折を経験し、生きている意味を見失っていた時に。高3の時に、病で倒れ車椅子生活になった母の介護に直面した私は、ヤングケアラーの当事者になりました。その最愛の母をがんで亡くし、深い哀しみの中にいた私に突き付けられたのが、報道局への異動。小学生の頃から憧れていたアナウンサーになり、障害を持つ母と過ごす中で気づいたことを伝えたいという強い使命感を持っていたのに、まさかアナウンサーでなくなる日がくるとは。虚無感に苛まれていた時に「100人の医者に会ってこい。そして医療介護のことは町に聞けと言われるぐらいになれ」と言ってくれた先輩がいました。その言葉に背中を押され、訪ねて行った一人がパッチの友人の高柳和江先生でした。高柳先生は20年以上も前に“笑い”の大切さを唱え、さらに「死」を正面から考える講義をしていました。その高柳先生が中心となりパッチの初来日が実現。光栄にも私は、来日イベントの司会を務めました。カラフルな服装で空港に降り立ったパッチ。拙い英語で出迎えた私を温かく包み込んでくれました。「ああ私笑えている……」そう思えた瞬間でした。

 クラウンになる時に大切なことは、自分自身が楽しみ、幸せであること。そうすれば周りの人も必ず笑顔になると金本さん。皆さんも心に小さな赤鼻をつけてみませんか? きっと想いのままに生きていいと思えるはず。

新潮社 週刊新潮
2022年4月21日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク