『ハレム』
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【聞きたい。】小笠原弘幸さん 『ハレム 女官と宦官たちの世界』
[文] 磨井慎吾
■オスマン帝国支えた官僚組織
イスラム世界の君主らが構えた後宮を指す言葉「ハレム」。特に600年以上続いたオスマン帝国のそれは有名で、西洋人から面白おかしく書き立てられてきた。日本語でもそうした酒池肉林イメージで一般名詞化しているが、歴史的にみた実態は、意外にも精妙な官僚組織であったという。
「君主の後継者を確保するため、必然的に発生したシステムがハレムでした。善しあしを別にすれば、世襲君主制の維持という目的のためにきわめて有効な組織だったといえます」
近年のトルコではオスマン帝国の再評価が進み、ハレムの実証的研究も活況を呈している。気鋭のオスマン帝国研究者が最新の研究を活用しながら、ハレムの成り立ち、女官や宦官(かんがん)ら構成員の人生、宮廷文化の担い手としての機能など、さまざまな角度からその実像に迫ったのが本書だ。
オスマン帝国のハレムの完成期は16世紀後半。そこで働く女官たちの法的身分は奴隷であるが、イスラム教徒および帝国臣民を奴隷にするのは禁じられているため、その供給源は基本的にカフカス地方などの外国だった。女官は洗濯係や毒見係などの仕事の中で徐々に職階を上げながら、運と実力次第で愛妾(あいしょう)、夫人に選ばれ、産んだ息子がスルタンに即位すればハレム最高位である母后となれた。
一方、王子たちはずっとハレム内で育てられ、即位できなかった場合は生涯外に出られなかった。君主の「血のスペア」をできるだけ確保しつつ、後継争いは抑止する。実に精巧だが、非情なシステムだった。
「血統の維持という面では合理的ですが、近代的価値観とは合わない。国民の象徴としての役割が求められる立憲君主制にオスマン帝国が進むにつれ、成り立たなくなっていきます」
こうした仕組みが許されない現代民主国家で、世襲君主制はどうすれば維持できるのか。考えさせられる問題は多い。(新潮選書・1815円)
磨井慎吾
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【プロフィル】小笠原弘幸
おがさわら・ひろゆき 九州大准教授。昭和49年、北海道生まれ。東京大大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。著書に『オスマン帝国』など。