本書が直木賞候補作品だったら賞は逸していただろう、何故なら

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幸村を討て

『幸村を討て』

著者
今村 翔吾 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784120055157
発売日
2022/03/22
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

本書が直木賞候補作品だったら賞は逸していただろう、何故なら

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 少年の日に、将来の作家が読んだ作品が、長じてどのような結実を見せるのかは甚だ興味深い。今回、その作家とは今村翔吾、読んだ作品とは池波正太郎『真田太平記』だ。

 ではどんな真田幸村が登場するのか。物語は、幸村が死んだところから始まり、徳川家康が幸村が残していった謎と対峙する形がとられている。家康はその過程で六人の男達と会う事になるが、初めは汚名を着て生きてゆく事を決意した織田有楽斎、二人目は忍びと固い絆で結ばれた南条元忠、そして名こそ命と言ってはばからぬ後藤又兵衛等々。その彼等が一様に言うのが題名にある「幸村を討て」の一言。

 物語は、男達の証言が重層的に絡み合い、次第に作品の仕掛けを露わにしていくのだが、その興奮は、読者をも作者が放つ鬼謀の淵に佇立せしめる事になる。作者の鬼謀は作中においては、そのまま幸村の放つ鬼謀であり、それはストーリーと分かち難く結びついており、作中に躍動する忍びは、初め、『真田太平記』へのリスペクトかに見える。それがいつの間にか挑戦へと変わっているところに本書の妙味がある。

 果たしてこの勝負、池波正太郎と今村翔吾、どちらが勝利を収めたのか。それは読者の判断に委ねるしかないし、おそらく作者は謙遜するだろう。

 しかしながら、この一巻がいま直木賞を受賞して勢いの止まらない今村翔吾の実力を十二分に示したものである事は間違いあるまい。作者が用いたのは正攻法ではなく、あくまでも搦め手から幸村を描くという手法だが、作品は良くその手法を蔵(ぞう)し多大な感興をもって私達を魅了する。

 最後に、本書が直木賞候補作だったら、受賞は逸していただろう。それは面白過ぎるせいであり、逆説的に本書の物語としての質の高さを証明している。今後も期待しかない。今村翔吾、恐るべし。

新潮社 週刊新潮
2022年4月28日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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