常道を外した斬新な誘拐 “人さらいの岡嶋”の誘拐 黒澤明が原作にした海外の誘拐

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク
  • 有栖川有栖選 必読! Selection4 真夜中の詩人
  • 99%の誘拐
  • キングの身代金

常道を外した斬新な誘拐 “人さらいの岡嶋”の誘拐 黒澤明が原作にした海外の誘拐

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 テレビ時代劇〈木枯し紋次郎〉シリーズの原作者として知られる笹沢左保は、謎解き小説において野心的な試みを行った作家でもある。『有栖川有栖選 必読! Selection 4 真夜中の詩人』は、誘拐ミステリに新機軸を打ち立てた作品だ。

 製薬会社に勤める浜尾洋一郎の息子、純一がさらわれる。母親の真紀がほんの一瞬、目を離した隙に、生後十一か月の純一は自宅内から姿を消してしまったのだ。ほどなく誘拐犯と思わしき人物から電話がかかって来るが、「生命の危険はない」と伝えるだけで身代金の要求もせずに切ってしまう。実は二週間前、同じような事件が発生していた。老舗百貨店オーナー一族の邸宅から一歳の男児が誘拐されたが、犯人は何の要求もせず生命の安全だけ伝えてきたという。

 犯人と捜査側の攻防戦という誘拐ものの常道を敢えて外し、「なぜ犯人は身代金のない連続誘拐を行ったのか」という謎解きに興じさせるプロットを立てた点が斬新だ。調査を行うのが警察ではなく被害者家族の真紀である点もポイント。素人探偵が悪戦苦闘しながら真相を探ろうとすることで、却って複雑でスリリングな物語に仕上がっている。

 笹沢左保は本書以外にも『他殺岬』といった作品で誘拐ものに挑んでいるが、誘拐ミステリを得意とした作家と言えば岡嶋二人の名前を忘れてはいけない。井上泉(井上夢人)と徳山諄一の共同ペンネームによるコンビ作家で、巧みな構成が光る『99%の誘拐』(講談社文庫)など、“人さらいの岡嶋”という異名で呼ばれるほど多くの誘拐ものを書いた。そのアイディア量には感服の一言だ。

 海外でも誘拐を題材にしたミステリの傑作は数多い。重要作品をひとつ選ぶとするならばエド・マクベインの〈87分署〉シリーズ第十作『キングの身代金』(井上一夫訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)だろう。誤認誘拐によって思わぬ葛藤を抱えることになる会社社長の姿と、〈87分署〉の面々による必死の捜査の模様に緊迫感が溢れた名作だ。黒澤明監督の映画「天国と地獄」の原作としても有名である。

新潮社 週刊新潮
2022年4月28日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク