『梅は匂ひよ 桜は花よ 人は心よ』野村幻雪著、笠井賢一編(藤原書店)

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梅は匂ひよ 桜は花よ 人は心よ

『梅は匂ひよ 桜は花よ 人は心よ』

著者
野村 幻雪 [著]/笠井 賢一 [編集]
出版社
藤原書店
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784865783377
発売日
2022/03/01
価格
3,520円(税込)

書籍情報:openBD

『梅は匂ひよ 桜は花よ 人は心よ』野村幻雪著、笠井賢一編(藤原書店)

[レビュアー] 梅内美華子(歌人)

 能楽シテ方の人間国宝である野村四郎は2021年春に観世流の功績者に与えられる「雪号」を授与され幻雪(げんせつ)と改め、芸境を深められるこれからの舞台が期待されていただけに、昨夏の急逝は大変惜しまれた。

 和泉流狂言方六世野村万蔵の四男で、兄は野村萬、万作。狂言役者として歩み始めたが、15歳で観世流二十五世宗家、観世元正に入門、異例の転向であり厳しい道を自ら選んだ。その背景には戦中戦後の少年時代に過酷な疎開や荒廃を体験し、「人間の喜怒哀楽に飢え」「詩的な能に魅了」された美を求める精神があった。能楽師ではなく能役者と自ら名乗り、理想を「香りがする芸」に集約する。これは幽玄美のみならず、役者がその内部に蓄積し表現するもの―曲の咀嚼(そしゃく)や年輪、人生経験が五体を通して「自然に」発露される舞台を追求したものである。

 本書は能と狂言の双方を知る人の含蓄ある随想と芸談を収め、昭和から平成の能楽界の記録でもある。能面、装束、扇、能舞台などの解説も役者の身体と経験を通した実感深い言葉で語られ、これから能を見る人にとっても最良の書である。

読売新聞
2022年4月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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