みんなで食べるごはんはおいしい、は本当か? 「王様のブランチ」でも話題となった心がざわつく物語

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おいしいごはんが食べられますように

『おいしいごはんが食べられますように』

著者
高瀬 隼子 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065274095
発売日
2022/03/24
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

団地のふたり

『団地のふたり』

著者
藤野 千夜 [著]
出版社
U-NEXT
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784910207322
発売日
2022/03/31
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 恋愛・青春]『おいしいごはんが食べられますように』高瀬隼子/『団地のふたり』藤野千夜

[レビュアー] 高頭佐和子(書店員。本屋大賞実行委員)

 高瀬隼子氏『おいしいごはんが食べられますように』(講談社)は、異色の職場恋愛小説だ。ほっこりしたムードの題名だが、さまざまな問題を提起してくる鋭さがある。

 異動してきてまだ三か月だが、仕事も人間関係もそつなくこなしている二谷(男)と、その後輩社員で、能力も責任感もあるが周囲におもねらない押尾(女)を中心に物語は進んでいく。二人は時々飲みに行くのだが、毎回話題になるのは同僚・芦川さんのことだ。芦川さんは、大変な仕事があるとすぐに欠勤や早退をする。守ってあげたくなるかわいさと弱さがあるので、上司達からは配慮され、パートさんたちにも好かれている。押尾は、芦川さんが苦手でムカつくのだと二谷に言う。その気持ちに理解を示す二谷だが、実は芦川さんと付き合っていて、そのことは周囲にも気づかれている。料理が得意な芦川さんは毎週末二谷の家で凝った食事を作り、外食をすれば幸せな気持ちをアピールする。食べることに労力を使うことが嫌いな二谷は、それを内心うとましく思う一方で、彼女のか弱さに惹かれているのだ。休日出勤も残業も免除されている芦川さんは、毎日手作りのおやつを持参して皆に振るまうようになるが、それが原因である騒動が起きる。

 みんなで食べるごはんはおいしい。多くの人が賛同するであろうそのことに、二人とも違和感を持っている。だけど、選ぶ行動は全く違うところが興味深い。拍子抜けするようなスッキリ感と、何かに搦め捕られていくような怖さが数分差で迫ってくるラストが秀逸だ。消化不良の胃袋のように、やりきれない感情が心に溶け残る。

 藤野千夜氏『団地のふたり』(U-NEXT)は、同じ団地で育った五十歳の女性二人の日常を描いた小説だ。イラストレーターの奈津子は、一時期は羽振りが良かったが今は依頼も少なく、ご近所に頼まれた不用品をネットで売ったりすることで生計を立てている。ノエチは学者を目指していたが、訳あって大学にいられなくなり、非常勤講師を掛け持ちしている。お互いパートナーがいて離れて住んでいた時期もあったけれど、今は高齢者ばかりが住む実家に戻っていて、毎日のように顔を合わせている。

 どん詰まりのように思えるが、二人の日々はなんだか愉快だ。兄が置いていった古い楽譜をネットオークションに出したり、ご近所の網戸を次々修理するハメになったり、お取り寄せした物を食べたり、小さな喧嘩をしたり、幼くして亡くなった友達・空ちゃんの思い出を語り合ったり……。

 近所のおばちゃんからは小娘扱いされてるが、いろいろあった中年である。だけど、お互いの過去も欠点もよく知る二人の関係は、子どもの頃と同じ心地よさだ。人生を楽しむ元気な高齢者が登場することも頼もしい。笑って、共感して、懐かしんで、時々しんみりする温かい小説だ。

新潮社 小説新潮
2022年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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