『交響する経済学』
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交響する経済学 経済学はどう使うべきか 中村達也著
[レビュアー] 水野和夫(法政大学教授)
◆たこつぼ化する主流派批判
サムエルソンの『経済学』に代表される主流派経済学は「交響する」ことを拒否し、防備帯を高く積み上げて引きこもっていると著者は主張する。経済学の本来の目的は経済的進歩によって自由で機会均等な社会を構築するはずなのに「経済学」がたこつぼ化しそれを妨げているのではとの著者の危惧が伝わってくる。
著者は本書のタイトルは森嶋通夫氏の一文と関わっているという。すなわち、「経済学は独奏曲ではなくシンフォニーみたいなもの」であって「社会についてのアート」であり、「社会学、歴史学、心理学など種々の楽器を駆使して人間社会の全体像を描くという芸術」だという。
しかるに「自立した平等な個人の集合体として社会が成り立っていると前提する」主流派経済学は「均衡、調節、浄化の力が働かない」技術を信奉するばかりで人間社会の全体像を描ききれていない。それどころかラディカル・エコノミックスやソシオ・エコノミックスなど「周縁」から批判的メッセージが届くが、「主流派経済学は思いのほか強靱(きょうじん)な生命力を維持している」。
本書は「学問的な正確さ」と「適度な正確さ」を比較して現実認識において後者の重要性を説く内田義彦氏の考え方を紹介している。前者は完全無比を至上のものと考え、主流派経済学は「社会科学」の女王たらんとする。経済界の頂点にたつビリオネア(十億ドル超の純資産保有者)はパンデミックや「ショック・ドクトリン(惨事便乗型資本主義)」に乗じて益々(ますます)富を増やし、完全無比の真逆を行く。
ミルは「もしも富と人口との無制限な増加のために地球がその楽しさの大部分」を失う前に「自らすすんで(富と人口の増加が停止する)定常状態に入ること」を切望していた。気候変動とゼロ金利を考えると日本は「適度な正確さ」に切り替えて、世界に先駆けてミルやケインズのいう「定常状態」を受け入れることが可能だ。大学生には主流派経済学を学ぶ前に、そしてすでに学んだ社会人にも是非本書を読んでほしいと切に望む。
(ちくま学芸文庫・1430円)
1941年生まれ。中央大名誉教授・社会経済学。著書『市場経済の理論』など。
◆もう1冊
ロバート・L・ハイルブローナー著『入門経済思想史 世俗の思想家たち』(ちくま学芸文庫)。八木甫(はじめ)ほか訳。