生き物がいなくなっていくこの世界を変えていくために必要な知識———久保田潤一『絶滅危惧種はそこにいる 身近な生物保全の最前線』

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絶滅危惧種はそこにいる 身近な生物保全の最前線

『絶滅危惧種はそこにいる 身近な生物保全の最前線』

著者
久保田 潤一 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
自然科学/生物学
ISBN
9784040822747
発売日
2022/02/10
価格
1,034円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

生き物がいなくなっていくこの世界を変えていくために必要な知識———久保田潤一『絶滅危惧種はそこにいる 身近な生物保全の最前線』

中島 淳さんが『絶滅危惧種はそこにいる 身近な生物保全の最前線』を紹介!
本選びにお役立てください。

■TV『池の水ぜんぶ抜く大作戦』出演
環境保全の専門家による奮闘レポート

■【評者:中島 淳】

 池の水を抜いて「外来種」を駆除し、「絶滅危惧種」を守り、「生物多様性」を再生する、そんな話をテレビや新聞で見聞きしたことがある人は少なくないだろう。本書の著者はまさに、そうした池の水を抜く生物保全の活動の最前線で活動を続けている一人である。あの「池の水を抜く番組」にも専門家として関わっている。

 本書は8章からなり、第1章「たっちゃん池のかいぼり」、第2章「理想の池」、第3章「密放流者との暗闘」、第4章「ビオトープをつくりたい」、第5章「希少種を守り増やせ」、第6章「森のリスぜんぶ捕る」、第7章「ハンセン病と森」、第8章「アナグマの父親になりたい」といずれも魅力的なタイトルになっている。私も日常的にこうした生物多様性保全や外来種対策に関する業務に携わっており、さらに私が専門とする研究分野がこうした身近な水生生物(主に淡水魚類と水生昆虫類)を対象にしたものであることから、非常に臨場感をもって共感しながら読み進めることができた。内容はとてもわかりやすく、色々な生き物が次から次へと出てくるので、こうした分野に少しでも興味を持っている人なら誰でも楽しむことができる。

 第1章から5章は主に「池」を中心とした保全活動に連なる内容で、池の水を抜くと生物多様性保全になるのはなぜか? 外来種を駆除する理由はなぜか? など、この分野における基本的な知識を無理なく得ることができる。特に第4章で紹介されている生物多様性に配慮したビオトープづくりにおいては、基本的に生き物を持ち込まないこと、持ち込む場合は同一水系や近郊地のものに限ること、など持ち込む土の観点からもこだわり抜いていることが見え、これは全国各地で参考にして欲しい考え方である。さらに続く第6章は特定外来生物キタリスを研究者と協力して駆除した話題、また第8章はアナグマの子供を育てて野生に戻した話題で、「かわいい動物」という視点だけでは外来種対策も生物多様性保全も、また動物愛護もできないことをよく伝える内容になっていると思う。

 本書で異色と感じたのはやはり第7章「ハンセン病と森」である。日本におけるハンセン病とその差別の問題は、国として国民として絶対に繰り返してはならない、大きな反省を伴うものであった。著者はかつてのハンセン病療養所の敷地内に残る森の保全と活用を任され、本章ではそのエピソードを丁寧に詳しく書いている。詳しくは実際に読んでもらいたいが、生物多様性の保全が主題である本書において、この章を組み込んだ著者の感性は非常に素晴らしいものと私は感じた。生物多様性を保全・再生していくことの本質は、私は、やはり多様性の尊重をいかに社会で共有できるかという点にあるのではないかと常々思っている。多様性の尊重は、差別のない社会を目指すことにつながる。そして同様の重大な差別が二度と起きないようにするためには、人間以外の多様な野生生物の存在を尊重する社会の構築が必要不可欠である。こうした視点、知識、そしてそれを何とか解決しなくてはいけないという思いは、実際に生物多様性保全の活動をする上で重要な部分であろう。色々なことを考えながら、じっくりと読んで欲しい章である。

 これらの章の間にはコラムが挟まれているが、このコラムにも重要なことが多く書いてある。特にコラム2「日本の生き物は弱いのか?」は、しばしば誤解されることが多い外来種問題を正しく理解する手助けとなる。ここにある「本物の生き物好きは、外来種を悪だなどと思わない」という著者の意見には、私も同意する。外来種が善か悪かという話ではなく、人の手によって持ち込まれた外来種が在来種に悪影響を及ぼすのであれば、人の手によって対策を行わなくてはならないというシンプルな話なのである。そして、生き物好きが外来種対策を行う時、そのほとんどの場面で心を痛めていることも知ってもらいたい。

 ここ数年、「外来種」「絶滅危惧種」「生物多様性」などの言葉を見聞きする機会は確実に増えてきている。それは21世紀の人類が解決すべき環境問題の重要課題の一つとして「生物多様性保全」が挙げられ、実際に色々な施策が進んでいることが大きな理由である。残念ながら、生物多様性が失われたことによって生じる社会的な問題はすでに顕在化しつつある。例えば最近話題になったアサリの産地偽装問題。これは身近にいくらでもいたアサリが日本国内からいなくなりつつあること、つまり生物多様性が失われたことにその大きな原因がある。侵略性のある外来種を駆除し、絶滅危惧種を守り、生物多様性を再生することは、我々の経済や生活や文化を守り豊かな社会を構築することにつながっている。そしてそもそも、多様な野生生物が人間によって(あるいは人間が持ち込んだ外来種によって)、一方的に滅ぼされることは、倫理的にも避けるべきことであろう。本書にはそんな「生物多様性保全」の最前線において具体的に何が行われているのか、何をすれば良いのかということを理解する上で正しく必要な知識が多く詰まっている。一読をお勧めしたい。

KADOKAWA カドブン
2022年04月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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