容疑者全員、消失――白馬に消えた男の捜索が思わぬ大事件へつながる『白馬八方尾根殺人事件』

エッセイ

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

白馬八方尾根殺人事件

『白馬八方尾根殺人事件』

著者
梓林太郎 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334077501
発売日
2022/04/20
価格
990円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『白馬八方尾根殺人事件』著者新刊エッセイ 梓林太郎

[レビュアー] 梓林太郎

 私の登山は夜行列車ではじまった。新宿駅のコンコースにすわって、たしか二十三時四十五分に発つ松本行き準急列車を待っていた。その列は、ホームへの階段にまでつづいていた。列の中には、大きなリュックを枕に寝ている人が何人もいた。その夜行列車は明けがたに松本に着いた。松本からは島々行きの電車。そしてバスに揺られて上高地へ。

 上京してからの最初の登山は北穂高岳だった。北穂へは何度も登っているという人に連れられていったのだった。

 上高地に着いて気付いたことは、たいていの登山者がニッカズボンを穿いて、茶革の登山シューズを履いていた。が、私は、父から譲られた兵隊用のリュックに木綿のズボン。そして靴は、父が戦地で履いていた軍人の革靴だった。その服装で、初めて三千メートル級の山に登って興奮した。山小屋の食事は旨かった。

 初登山で自分の靴がいかに貧しかったかを思い、郵便局でもらった貯金箱を壊して、山靴を買おうとしたが、貯金箱からの金額ではとても手が届かなかった。

 何年か経ってから、ドイツ製の山靴を買い、それを早く履きたくて、八方尾根から唐松岳へ登った。その翌年、事業の失敗で、嵐の中で木の葉だけをつかんでいるような日々がつづいた。だが、ドイツ製の山靴だけは箱に収めて手放さなかった。

 どなたにも好きな山はあるもので、毎年、同じ山へ登りつづけている知人がいる。私は、鏡のような八方池から、白馬三山や、反対側の五竜や鹿島槍を眺めるのが好きで、数えきれないほど八方尾根を登っている。原作のドラマ化撮影でも八方尾根へ登り、山麓に広がる白馬村(はくばむら)の数々のレジャー施設を見下ろした。

 今回、小説を書くための取材にあらためて白馬村を訪ねたが、白馬EXアドベンチャーや、マウンテンスポーツパークなどの、遊びを楽しむ施設が増えていた。

光文社 小説宝石
2022年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク