絶妙な凸凹コンビの青春多重解決ミステリ——五十嵐律人『六法推理』レビュー【評者:千街晶之】

レビュー

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六法推理

『六法推理』

著者
五十嵐, 律人, 1990-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041120064
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

絶妙な凸凹コンビの青春多重解決ミステリ——五十嵐律人『六法推理』レビュー【評者:千街晶之】

[レビュアー] 千街晶之(文芸評論家・ミステリ評論家)

■現役弁護士作家が放つ、青春×多重解決ミステリ!
五十嵐律人『六法推理』

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■五十嵐律人『六法推理』

五十嵐律人『六法推理』
五十嵐律人『六法推理』

■絶妙な凸凹コンビの青春多重解決ミステリ

評者:千街晶之

 法律の専門家でなければリーガル・ミステリを書けないわけではないが、専門知識のある立場のほうが、執筆する上で有利なのは確かだろう。海外では弁護士や検事出身のミステリ作家といえば、E・S・ガードナー、ヘンリー・デンカー、スコット・トゥロー、ジョン・グリシャム、スティーヴ・マルティニ、リチャード・ノース・パタースン、フェルディナント・フォン・シーラッハ等々、錚々たる名前が思い浮かぶ。日本にも弁護士と兼業(あるいは元弁護士)のミステリ作家として、浜尾四郎、和久峻三、中嶋博行、藤村耕造、加茂隆康、法坂一広、深木章子、織守きょうや、田村和大、新川帆立らがいる。
 『法廷遊戯』で第六十二回メフィスト賞を受賞した五十嵐律人は、二〇二〇年のデビュー当時は司法修習生であり、現在は弁護士との兼業で作家活動を続けている――と記せばかなり多忙そうだが、デビュー後一年間で三冊の長篇を上梓するという速筆ぶりは驚嘆に値する。三作目の『原因において自由な物語』で第四十三回吉川英治文学新人賞にノミネートされるなど、注目度も高い。
 このたび刊行された『六法推理』は、そんな著者の初めての短篇集である。『原因において自由な物語』は高校生たちを主要登場人物としていたけれども、本書は大学を舞台にしている。
 主人公の霞山大学法学部四年・古城行成は、学内で「無料法律相談所」(通称「無法律」)を運営している。この大学の法学部に乱立する「自主ゼミ」と呼ばれる学部内限定サークルの一つであり、名称の通り、法律上のトラブルを抱えた学生の話を聞き、法的な観点からアドバイスをする――というものだ。
 巻頭の表題作「六法推理」では、この「無法律」を経済学部三年の戸賀夏倫が訪れる。その相談内容は怪談めいた奇妙なものだった――彼女が現在住んでいる愛子ハイツの102号室は、三年前に女子大生が首吊り自殺を遂げた事故物件。女子大生は死ぬ直前に出産をしたらしいが、赤子は発見されなかったという。その102号室で、最近になって赤子の泣き声が聞こえたり、窓ガラスに赤い手形がこびりついていたりという怪現象が起きているというのだ。
 普通、こんな案件と法律相談は結びつきそうにないものだが、戸賀の場合、事故物件に法律トラブルはつきものだから――という発想で「無法律」を頼ることにしたという。古城は戸賀とともに愛子ハイツを訪れ、管理人や住人たちから事情を聞くことで驚きの真実を見抜く。
 ところが、ただの依頼人だった筈の戸賀は、第二話「情報刺青」では、「無法律」に押しかけ助手として出入りするようになっている。父は裁判官、母は弁護士、兄は検察官という法曹一家に生まれた古城に対し、戸賀はそもそも経済学部だから法律方面には素人ながら、勘の鋭いところがあって侮れない。
 そんな二人が、リベンジポルノの流出、放火疑惑、毒親への対処……といった大学内の案件についての依頼を受けるのだが、古城は法律の知識をもとに論理的に可能性を絞り込む能力に秀でているけれども、そのため依頼人の望まない結論に達する場合もあり、余計な悩みを抱え込んだりもする。そんな古城の弱点を補い、暴走を軌道修正するのが戸賀の役割であり、過去のセクハラ騒動に起因していると思しきカンニング騒動に戸賀が巻き込まれる最終話「卒業事変」において、二人は互いにそのことに気づき、「無法律」の存在意義を再認識するのである。
 絶妙な凸凹コンビが多重解決推理を繰り広げる、著者にしか書けないユニークな連作ミステリである本書は、自分の道を見つけられずモラトリアムの時間を過ごしている古城の迷いを描く青春小説としても印象に残るだろう。

■作品紹介・あらすじ
五十嵐律人『六法推理』

絶妙な凸凹コンビの青春多重解決ミステリ——五十嵐律人『六法推理』レビュー【...
絶妙な凸凹コンビの青春多重解決ミステリ——五十嵐律人『六法推理』レビュー【…

六法推理
著者 五十嵐 律人
定価: 1,870円(本体1,700円+税)
発売日:2022年04月25日

現役弁護士作家が放つ、青春×多重解決ミステリ!
その悩み、一人で抱え込まずお気軽に無法律へ。

学園祭で賑わう霞山大学の片隅。法学部四年・古城行成が運営する「無料法律相談所」(通称「無法律」)に、経済学部三年の戸賀夏倫が訪れる。彼女が住むアパートでは、過去に女子大生が妊娠中に自殺。最近は、深夜に赤ん坊の泣き声が聞こえ、真っ赤な手形が窓につくなど、奇妙な現象が起きているという。戸賀は「悪意の正体」を探ってほしいと古城に依頼するが……。リベンジポルノ、放火事件、毒親問題、カンニング騒動など、法曹一家に育った「法律マシーン」古城と、「自称助手」戸賀の凸凹コンビが5つの難事件に挑む!    
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322107000450/

KADOKAWA カドブン
2022年04月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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