中江有里「私が選んだベスト5」

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  • 幸せのままで、死んでくれ
  • 当事者は嘘をつく
  • 善人たち
  • コスメの王様
  • 漱石山房の人々

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中江有里「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 中江有里(女優・作家)

 清志まれ『幸せのままで、死んでくれ』はキャスターの桜木雄平が主人公。目立たない大学生だった桜木は、友人の三島の音楽活動に刺激を受けて、テレビ局のアナウンサーを志望する。幸いにして二人は夢のスタートラインに立ったが、ひょんなきっかけで桜木は報道番組に抜擢されて人気者に。一方、三島はメジャーデビューをしたものの思うような結果を出せず、レコード会社から契約を切られてしまう。

 特別な才能や運を持ち、人から崇められ、羨まれたりする者の「幸せ」は、その立場にならなければわからない。そして「幸せ」はほんのちょっとしたことであっけなく失われる。誰ともシェアできない「幸せ」の重圧を担い続ける苦しさ。音楽家として人気を博した著者ならではの視点でもあろう。タイトルにある「幸せ」の本当の意味について考えた。

 自らの性暴力被害体験を哲学研究者が綴った小松原織香『当事者は嘘をつく』

 著者が十九歳の時に受けた性被害体験は「穴のあいたドーナツのような形をしている」とある。自分の経験を語れば語るほど、真ん中の空洞となった語りえない過去が浮かび上がる。

 当事者はその時の現実と心象風景が入り混じってしまう。それは「嘘」かもしれない。文献と向き合いながら、研究者として自分の〈赦し〉を検証していく過程は非常にスリリング。

 昨年、没後二十五年を迎えた遠藤周作。一昨年新刊『影に対して』が出版されたのに驚いたが、『善人たち』は未発表の戯曲が三篇収められている。「切支丹大名・小西行長」「戯曲 わたしが・棄てた・女」は既出小説から戯曲化した二篇。表題作は新発見だ。生前遠藤が主宰した劇団「樹座」での上演のために執筆されたのだろう。既出作の戯曲は、原作から構成やセリフが少々変更されており、ト書きには舞台装置に関する指示もいくつかある。俳優が演じるという前提にある戯曲だからこそ、ひとつひとつのセリフに込めた意味や狙いがより伝わるように感じる。

 高殿円『コスメの王様』は「東洋の化粧品王」と呼ばれた男と、彼が愛した芸妓の物語。化粧がまだごく一部の女性が施すものであった時代、大衆に広めようと商品開発をした利一。幼いころに彼と出会い、やがて芸妓となったハナは、政治家や士族などを相手にするお座敷で鍛えた目で、利一の商売に一役買う。

 利一は「真心」に重きをおき良い商品を作るだけでなく、奇抜な宣伝にこだわった。今や化粧は女性のみならず、子供も男性も施すようになった。こうした先駆者の努力の下にコスメの文化は築かれたのだろう。

 林原耕三『漱石山房の人々』。重度に神経質な夏目漱石に師事するも、「ただの一度も先生に叱られたことがなかった」と記す著者。とりわけ鏡子夫人との一悶着は興味深い。

新潮社 週刊新潮
2022年5月5・12日ゴールデンウィーク特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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