• サーキット・スイッチャー
  • 午前0時の身代金
  • 剣持麗子のワンナイト推理
  • 地球の平和
  • 獣たちの海

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大森望「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

暴走する電車の行く手に5人の人間がいる。転轍機で線路を切り換えれば5人は助かるが、別の1人を轢いてしまう。多数の命を救うため、少数を犠牲にすることは許されるか。自動運転技術の進歩で改めてクローズアップされているのが、この“トロッコ問題”。人命の犠牲が避けられないとき、自律自動運転車は、命の重さをどう判断するのか?

第9回ハヤカワSFコンテストの優秀賞を受賞した安野貴博のデビュー長編『サーキット・スイッチャー』はこの厄介な問題に果敢に挑む。

時は2029年。自動運転アルゴリズム開発企業の社長を乗せたレベル5の完全自動運転車が、首都高速上で乗っ取られる。犯人はその模様を生配信し、もし車の速度が落ちたり配信が止まったりすると、仕掛けた爆弾が炸裂すると宣言。かくて、映画『新幹線大爆破』や『スピード』を思わせるノンストップ・サスペンスの幕が上がる。はたして犯人の目的は? 大きなテーマに正面から斬り込む、白熱の近未来エンターテインメントだ。

 対する京橋史織のデビュー作『午前0時の身代金』は、「身代金10億円をクラウドファンディングで日本国民から募集せよ」との脅迫状が届くところから始まる、前代未聞の誘拐サスペンス。募集期間は24時間。集まった金額が10億円に満たない場合、人質の安全は保証しない……。さまざまな謎を孕んだまま、メディアをフルに活用した10億円募集プロジェクトが動き出す。こちらは第8回新潮ミステリー大賞受賞作。

 新川帆立『剣持麗子のワンナイト推理』は、綾瀬はるか主演で月9ドラマ化された話題作『元彼の遺言状』のヒロインが探偵役をつとめる全5話の連作集。大手法律事務所の企業結合担当弁護士として超多忙な剣持麗子だが、故あって、全然儲からない一般民事の相談を次々受ける羽目になり、夜ごと“事件”解決に奔走する……。助手役(売れないホスト)との掛け合いも楽しいが、100人を超える弁護士が集まる運動会の話が大笑い。無駄のない構成と抜群のテンポでさくさく読める。なお、こちらの収録作も『元彼』ドラマ版の原作に流用されている模様。

 スタニスワフ・レム『地球の平和』は、1987年に原書が刊行された、最後から2番めのレム長編。物語の背景は、すべての軍備を月に移転して、ついに“地球の平和”を実現した未来。立入禁止ゾーンとなった月では、AI兵器が勝手に進化しているはずだが、状況がさっぱりわからない。そこで、われらが主人公・泰平ヨンが調査に派遣されることに……。SF界最高の知性による長編だけあって、1980年代に書かれたとは思えないほど予見的だ。地球の非軍事化を通して、“戦争”の本質を考えさせてくれる作品でもある。

 上田早夕里『獣たちの海』は、陸地のほとんどが水没し、人類が海上民と陸上民に分かれた未来を描く《オーシャンクロニクル》シリーズの書き下ろし中短編集。遺伝子工学的に人類から造り出された異形の生物船・魚舟(人の胎内から人と双子で生まれてくる)の成長と変容を描く鮮烈な表題作など、全5編を収める。一番長い「カレイドスコープ・キッス」は、『深紅の碑文』のサイドストーリー的な中編。シリーズの入口にもなる一冊だ。

新潮社 週刊新潮
2022年5月5・12日ゴールデンウィーク特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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