『チェルノブイリ Midnight in Chernobyl 「平和の原子力」の闇』アダム・ヒギンボタム著(白水社)

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チェルノブイリ

『チェルノブイリ』

著者
アダム・ヒギンボタム [著]/松島 芳彦 [訳]
出版社
白水社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784560098875
発売日
2022/02/28
価格
5,720円(税込)

書籍情報:openBD

『チェルノブイリ Midnight in Chernobyl 「平和の原子力」の闇』アダム・ヒギンボタム著(白水社)

[レビュアー] 堀川惠子(ノンフィクション作家)

葬られた核汚染の真実

 ウクライナ北部に広がる核汚染の原野、チェルノブイリ(チョルノービリ)。今なお熱を帯び、廃炉作業の続くその場所をロシア軍が砲撃、占拠したニュースは記憶に新しい(現在は撤退)。原発が有事に標的となる最悪のシナリオに背筋が凍った。

 1986年、北半球に影響が及んだ未曽有の原発事故。惨事は起きるべくして起きた。旧ソ連が70年代から量産した原子炉は構造に欠陥を抱え、資材も不足、試作炉の運転さえ行われなかった。計画の達成が至上命令、いくつもの事故が隠蔽(いんぺい)され、科学者たちの進言も葬られた。

 その日、原発そばの町プリピャチではKGBが全戸の電話線を遮断、有線ラジオも沈黙。5万もの市民が事故を知らされることなく「死の町」での生活を強いられた。130キロ南のキエフ(キーウ)でも放射線値が急上昇。ウクライナ自治政府は住民を避難させようとしたが、メンツ最優先の中央は退避を許さない。子どもたちを動員したメーデーのパレードも中止を進言するも強行させられてしまう。やがて大混乱のうちに半狂乱で故郷を追われる人々の姿に原発事故と戦争、二つの風景が重なる。

 原子炉建屋に投入されたのは生身の兵士。特別訓練の名目で集められ、規定の被曝(ひばく)線量を超えても酷使された。重要な捜査資料はいまだ機密扱い。法廷では現場の技術者らに罪が着せられた。秘密主義に蝕(むしば)まれた専制政治、自然と科学に対する過信と傲慢(ごうまん)。厄災の全体像に浮かび上がる病理は、そう他人ごとでもない。廃炉作業が人類にとって未知の領域で、今後の予測すら困難なこともまた福島が辿(たど)る道である。

 本書は著者の意図を越えて時宜を得た出版となった。ちょっとお高いが、今こそ読まれるべき一冊という、とっておきの言葉を記したい。抑制的な筆致で事実を連ねる迫力には、現地取材の経験がある訳者の貢献も小さくないはずだ。松島芳彦訳。

読売新聞
2022年4月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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