<東北の本棚>他者否定しない生き方

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定年就活働きものがゆく

『定年就活働きものがゆく』

著者
堀川, アサコ
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041116265
価格
682円(税込)

書籍情報:openBD

<東北の本棚>他者否定しない生き方

[レビュアー] 河北新報

 春は出会いと別れの季節。これまでの暮らしに区切りを付け、新たな1歩を踏み出した人も多いことだろう。本作の主人公・花村妙子もそう。長らく務めた会社を60歳で定年退職し、就職活動を始めたことで生まれる人間模様を、就職活動を軸に軽快なテンポで描いた。

 高卒で総合商社に入り、地道に真面目に事務畑を歩んできた妙子。一人娘を育て上げ、夫とは死別した。あと5年は継続雇用で会社にお世話になるつもりだったが、後輩たちの思わぬ本音を聞き、勢いで退社してしまう。家事や趣味をのんびり楽しむスローライフも性に合わず、再就職を決意する。

 大人の分別を持ちつつ、若干無鉄砲な妙子の就活は波乱含みだ。道すがら求人広告を見つけて連絡し、採用された老舗家具屋は入ってみたらブラック企業。お茶くみとトイレ掃除は女性が担い、経理で使う計算機はそろばんのみと知り、1日で辞めてしまう。次に面接に臨んだ広告会社ではワンマン社長とそりが合わず、採用を辞退すると逆に怒られる。妙子のまっすぐな言動は夏目漱石の「坊ちゃん」の主人公を思い起こさせる。

 就活と同時に、妙子の身近な人々との関係もめまぐるしく変化する。昔の同僚だった専業主婦の潮美、栄転した上司の合田、不妊治療を経て特別養子縁組で長女を迎えた妙子の娘真奈美など、それぞれが悩みを抱え、妙子とぶつかる。時間と就活が進むうち、妙子が他者を否定しない生き方へとシフトしていく描写は見事だ。年齢を重ねても生きがいを見つけ、他者と折り合いを付けて生きることの意義を考えさせられる。

 本著は青森市在住の作家による描き下ろし小説。(長)
   ◇
 角川文庫0570(002)301=682円。

河北新報
2022年5月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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