ダメな自分の愛し方 燃え殻『それでも日々はつづくから』

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それでも日々はつづくから

『それでも日々はつづくから』

著者
燃え殻 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103510130
発売日
2022/04/27
価格
1,595円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ダメな自分の愛し方

[レビュアー] 椎木知仁(My Hair is Badボーカル、ギター)


My Hair is Bad

椎木知仁・評「ダメな自分の愛し方」

 『ボクたちはみんな大人になれなかった』の作者・燃え殻によるエッセイ集『それでも日々はつづくから』が刊行。映画化にまつわるエピソード、過去の記憶、出会いと別れ、世間の人たちへのツッコミなど、バラエティに富んだ本作に寄せたMy Hair is Badの椎木知仁さんの書評を紹介する。

***

 何年か前によく友人や知り合いから「燃え殻さんって知ってる?」と連絡をもらった時期があった。周りの友人曰く「とにかく椎木くんに読んでほしい!」「絶対好きだから!」と僕にぴったりの作家さんだということだった。その中には燃え殻さんと会ったことがある友人もいて、彼らに「どんな人なの?」とも聞いたことがあったが、「燃え殻さん自体が……? う~ん、会ってみたらわかるよ……」というようななぜか若干呆れているような答えが返ってきた。僕は「さすがにこんな文章を書く作家さんは曲者なんだろう……」と思うのと同時に、きっとこの感じであれば望まずともいつか自然に飲みの席でバッタリお会いできたりするんではないか? と思っていたが、それから今日まで僕が燃え殻さんに会うことはなかった。

 それから数年後、「燃え殻さんの連載エッセイの書評の依頼が来ています。」と連絡があった。正直、燃え殻さんが別のバンドマンと交流があることも知っていたし、今まで別のバンドマンが似たような仕事をしている所も見ていたので、そんな会ったことのない男に私は簡単に抱かれないよ! という気持ちだったが、「ご本人が椎木さんを希望してくれたみたいです。」と言われ、僕の楽曲のことやTwitterのことを褒めてくれていると聞き、まんまとまんざらじゃなくなり、ありがたく二つ返事で受けることにした。

 文章の上手さ、表現の豊かさは不思議で、どんなに恥ずかしい出来事、辛い経験、ダメダメなエピソードも美しく昇華してしまうことがある。最っ低な人間性も文章力と表現力があれば紙の上で美談になり輝くのだ。「結局、超ダメ人間じゃん!」と言われればそれまででも、そのダメさが愛おしく、癖になり、人を魅了することを、燃え殻さんははっきりわかっていると思う。そしてそれは恥ずかしい自分の助け方、辛い過去の自分への寄り添い方、ダメな自分の愛し方を、日記の中から燃え殻さんに教えてもらっているような気持ちにさせてくれた。各所に「あるある。」と思えることや、「そんなに卑屈にならなくても……」と思うようなことがちりばめられており、全ては燃え殻さん本人の自分の気持ちの吐露なのだが、まるで自分に起きたことのように想像できたり、目の前の友人の話を聞いているような感覚にさせてくれた。読み出すと早々に「世の中はとにかくミュージシャンに甘い」という見出しのエッセイがあり、きっと僕らにチクチクと何かを伝えてきているが、人の文句を書いても、さらに自分を下げて書くスタイルはズルいとしか言いようがないくらいに上手い。

 きっと燃え殻さんが類い稀なる“愛されボーイ”であることは間違い無いと思う。昨今は人も作品も加工されて当たり前の時代である。写真の中で頭に耳が生え、顔がグレイ型の宇宙人みたいに小さくなって、実際と全くの別物になろうが、もう誰も違和感を覚えない時代である。その中で燃え殻さんが燃え殻というフィルターで加工していく世界はどうにもやるせなく、そして愛おしい。自分の書く文章への酔い方が、こんな僕でよかったら……という愛されるまでの待ち方がこんなにもわかっている人は“愛されボーイ”であるに違いない。言い方を変えたら“愛され方わかってるボーイ”に違いない。降り注ぐ不幸を、恥を、辛さを、全部自分のガソリンにしてしまうのだと思う。それは言い換えれば人の不幸もその人のガソリンにしてあげることができる人だということだ。燃え殻さんの加工フィルターで人生を切り取れたら、もっと自分を愛せる人たちが増えると思う。

 あの日、友人が答えた「燃え殻さん自体が……? う~ん、会ってみたらわかるよ……」という言葉の真相はわからない。本当は自己プロモーションに長けた計算高い完璧人間なのかもしれない。それはわからないけど、僕はこんなエッセイを書く人は、どうかちゃんとダメ人間でありますように、と願っている。転んでも、流されても、サボっても、嘘をついても、誰かに刺されても、最後は愛される文章を書く男は、本当に文章が上手すぎるだけで、自分に酔っているだけの最低な男でありますように、と願っている。

 なぜなら、完璧ばかりが増える世の中で、僕らが触れたいのは不完全だからだ。ダメ風じゃダメで、ダメじゃなきゃダメなんだ。エッセイ集『それでも日々はつづくから』は僕からしてみれば“ダメな自分の愛し方”だった。

新潮社 波
2022年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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