人でなしの櫻(さくら) 遠田潤子著

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人でなしの櫻

『人でなしの櫻』

著者
遠田 潤子 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065269817
発売日
2022/03/30
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

人でなしの櫻(さくら) 遠田潤子著

[レビュアー] 青木千恵(フリーライター・書評家)

◆人の業と負の連鎖からの解放

 金箔(きんぱく)地の画面に満開の桜の大木を描いた「櫻図」(十六世紀、国宝)は、長谷川等伯の長男、久蔵(きゅうぞう)の作である。<清雅 父にまさる>と才能を高く評価された久蔵は、二十六歳で早世した。しかし彼の遺(のこ)した桜は、四百年以上経た今も咲き続けている。

 本書は、十三歳のときに京都市の智積院を訪ねて「櫻図」に魅了された、ある画家を主人公にした長編小説だ。高二の冬に家を出て日本画家になった竹井清秀は、十一年前に妻子を亡くしてから生きた人間を描けなくなり、三十五歳の今は「死体画家」と揶揄(やゆ)されている。ある晩、父の秘書に呼ばれて大阪市内の高層マンションに向かうと、二十年近く絶縁していた父、康則の遺体が横たわり、蓮子という少女がいた──。

 京都の老舗料亭で腕を振るうカリスマ料理人、竹井康則の変死と、十一年前に北関東で失踪した三木蓮子の発見で世間は騒然となる。八歳で誘拐され、康則によって十一年間監禁されていた蓮子の内面は幼いままで、康則の子、清秀に懐いてしまう。関わりを避けようとした清秀だったが、これまで描いた絵の大半が父に焼き捨てられていたことを知り、蓮子をモデルにして「生きた人間」を描きたい衝動に搦(から)めとられていく。

 執着心、性欲、名誉欲など人は煩悩を抱えていて、欲望のまま突き進めば「人でなし」となる。父の康則は、目につくもの全てを破壊し尽くす苛烈な人物だった。一方的に与え、一方的に奪い、逆らう者を憎悪する康則の業は負の連鎖を生んだ。<俺もあの男と同じことをしている。絵のためにあの娘を食い散らかそうとしているのだ>。ただし連鎖の中にいながら、清秀の世界を見る眼差(まなざ)しは父や伯父の竹井治親とは違っていた。<俺は地べたから櫻を、空を、星を、天を見上げ、その美しさ、気高さを畏れる>

 少女監禁を含め、刺激の強い展開だが、巧みな構成と高い筆力によって引き込まれる。人間の業と負の連鎖からの解放、芸術のありようを物語を通して見つめ、描き出した長編小説である。

(講談社・1760円)

1966年生まれ。作家。『月桃夜』でデビュー。著書『冬雷』『オブリヴィオン』など。

◆もう1冊

阿部龍文、横尾忠則著、梅原猛監修『古寺巡礼京都新版29智積院』(淡交社)

中日新聞 東京新聞
2022年5月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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