『捨てない生きかた』五木寛之著(マガジンハウス新書)

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捨てない生きかた(マガジンハウス新書)

『捨てない生きかた(マガジンハウス新書)』

著者
五木寛之 [著]
出版社
マガジンハウス
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784838775019
発売日
2022/01/27
価格
999円(税込)

書籍情報:openBD

『捨てない生きかた』五木寛之著(マガジンハウス新書)

[レビュアー] 鵜飼哲夫(読売新聞編集委員)

記憶詰まる品 人生の宝

 鬱(うつ)という字には重苦しい印象があるが、五木さんの筆にかかると、草木が繁茂する鬱本来のエネルギーが目に飛び込んでくる。この鬱蒼(うっそう)とした勢い、鬱勃たる野心を社会が抑えるから、ふさぎの虫が発生する――そう『鬱の力』で書いた。

 とかく「情」は、合理、理性の「理」に比べて軽んじられるが、『情の力』では、情報で大切なのは「こころ」で、敵軍の兵力とともに士気を把握するのが本来の情報とした。作家は、マイナスとされるものに新たな光を当てる名人だ。

 新創刊の新書第1号では、ブームが続く「断捨離」でマイナスとされる「捨てない」ことに力を見いだす。何年も着ていない服や古い靴、レコード、本は他人から見れば不要不急のガラクタであっても、本人の人生では宝物。夢を求め、モノを買い求めた人生の登山期を終え、下山の道を進む生の後半には、記憶の詰まった愛着品は孤独の友になるという。

 〈ぼくは、ひねくれた人間です。流行に逆らうことにひそかな生き甲斐(がい)を感じてきた〉。そうまえがきに記す本エッセーを通読すると、「捨てない」とは文字通り、今年で90歳になる作家の「生きかた」だったことがわかる。

 着られる衣服や余り物の弁当が大量廃棄される現代とは異なり、敗戦後は情報もモノも不足、〈「拾う」ものはないかとキョロキョロ〉するありさまだった。

 東日本大震災後、その大切さが叫ばれる「絆」という言葉は元来、家畜が逃げ出さないように縛りつけておく縄を指し、切っても切れないものだという。しかし、12歳の時、敗戦を朝鮮半島で迎えた作家は、国から棄(す)てられ、難民となり、引き揚げのさなかに母親を失った。子供との絆を泣く泣く断ち切り、鬱々として祖国に帰る人々の悲劇も目の当たりにしている。こうした辛(つら)い戦争の惨禍は、「けっして捨ててはいけない記憶」だという思いが、本書の底流にある。

 刊行の翌月、ロシアがウクライナに侵攻し、多くの命が蛮行でうち捨てられ、難民があふれている。「捨てない」という言葉がますます重みを増している。

読売新聞
2022年5月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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