『通達/謁見 Vyrozumění/Audience』ヴァーツラフ・ハヴェル著(松籟社)

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通達/謁見

『通達/謁見』

著者
ヴァーツラフ・ハヴェル [著]/阿部 賢一 [訳]/豊島 美波 [訳]
出版社
松籟社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784879844163
発売日
2022/02/08
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

『通達/謁見 Vyrozumění/Audience』ヴァーツラフ・ハヴェル著(松籟社)

[レビュアー] 川添愛(言語学者・作家)

不条理社会 笑う2戯曲

 エッセー『力なき者たちの力』の著者として知られ、1989年のビロード革命後にチェコスロバキアの大統領となった戯曲家、ヴァーツラフ・ハヴェル。本書には、彼が1960年代と70年代に書いた2作の戯曲が収められている。社会主義体制下で書かれたというから暗くて小難しい悲劇かと思っていたが、意外なことにギャグ満載で、明確かつ痛烈なメッセージを持った喜劇であった。

 『通達』は、とある官僚組織の局長がプティデペという人工言語で書かれた通達を受け取るところから始まる。上からの指示で導入されたというそれは、曖昧さを完全に廃した結果、きわめて難解な言語になっている。プティデペ最長の単語は319文字あり(意味は「カワアマツバメ」)、人を驚かす感嘆詞「わっ」に相当する言葉はシチュエーション別に6種類もある。終盤で通達の内容が明らかになったとき、私はあまりの衝撃に椅子からずり落ちそうになった。あからさまな矛盾や不正が放置された結果、機能不全に陥ってしまった組織と、考えることをやめてしまった人々がユーモアたっぷりに描かれる。

 『謁見』は、何らかの理由で当局から睨(にら)まれ、ビール工場での労働を余儀なくされた戯曲家ヴァニェクと、彼を呼び出した工場長との会話劇だ。工場長はヴァニェクに言いたいことがあるようだが、なかなか言おうとしない。ビールを浴びるほど飲み、呆(あき)れるほどに長い堂々巡りを続けた後、工場長はヴァニェクにある「取引」を持ちかける。抑圧された人々の胸の内で本音がどれほど強く封じられてきたか、またそれを吐露するのがいかに難しかったかが、これ以上ないほど効果的に表現されている。

 どちらの作品も笑ってしまうほど不条理だが、その不条理さが虚構ではなく現実のものであった社会を思うと背筋が寒くなる。阿部賢一、豊島美波訳。

読売新聞
2022年5月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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