『正岡子規伝 わが心世にしのこらば』復本一郎著(岩波書店)

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正岡子規伝

『正岡子規伝』

著者
復本 一郎 [著]
出版社
岩波書店
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784000248334
発売日
2021/12/16
価格
4,070円(税込)

書籍情報:openBD

『正岡子規伝 わが心世にしのこらば』復本一郎著(岩波書店)

[レビュアー] 梅内美華子(歌人)

「交際好む」行動力と情熱

 長らく所在不明とされていた正岡子規の自筆本が2009年に突如、古書市場に現れた。『なじみ集』という本で、夏目漱石や幸田露伴など交流のあった馴染(なじ)みある100名の俳句を収録したもので、日清戦争の従軍記者となり中断するまで3年ほど書き継がれた。和綴(わとじ)本でページ数は670余り、4000句以上が筆で記され、そのボリュームは俳句探求の熱と人脈の広さを示している。いいね!と思った句をにんまりしながら真剣に記していただろう。「余は交際を好む者なり」という子規の行動力と情熱がここにもある。今年は生誕155年。

 子規は俳句短歌の革新を提言し自らも実作した。多方面にわたる文学活動と実生活は多くの人々との交流や援助によって形成されていった。本書からはその猛進ぶりと「余は交際を好む者なり」の横顔が浮かびあがる。大学退学後の子規を「日本新聞」に入社させた恩人の陸羯南(くがかつなん)。「畏友」「第一等の友」である漱石は子規のアイデアや詩想を認め、小説など手当たりしだいに書いていることをいさめた。それが子規を俳句に邁進(まいしん)させた遠因となったのではと著者は推察する。高浜虚子は子規が病臥(びょうが)する部屋にガラス窓を設(しつら)えた。それによってガラス越しという近代の新しい視界が歌や句に初めて詠みこまれた。

 子規は実作にあたり、外に出て実景を見ることで「机上詩人」を脱せよと説いたが、皮肉なことに結核からカリエスに進行し病臥の身となった。苦悶(くもん)と断念の状況下で「無碍(むげ)自在に美趣」を求める与謝蕪村の作句精神に一路を見出(みいだ)したという。病床に詩の翼を広げる子規の精神と不屈のありかに著者は深く踏み込んでいる。

 1項目「四百字詰原稿用紙四枚」で綴(つづ)られ綿密な構想が簡潔に125項目にまとめられた。作品や随筆、書簡から厳選された言葉は、著者が子規と周辺の人々の声を聞き取った、近代詩歌の黎明(れいめい)期の若さと模索そのものである。

読売新聞
2022年5月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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