作品世界の根底に横たわる巨大化した先祖の業――花輪和一『呪詛 封印版』インタビュー

対談・鼎談

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呪詛 封印版

『呪詛 封印版』

著者
花輪 和一 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
芸術・生活/コミックス・劇画
ISBN
9784041123263
発売日
2022/03/30
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

作品世界の根底に横たわる巨大化した先祖の業――花輪和一『呪詛 封印版』インタビュー

[文] カドブン

取材・文=中野晴行

2004年に“日本初の怪談専門誌”として創刊された「幽」。豪華執筆陣の一角として、人間の深い情念を感じさせる刺激的な作品を発表し続けてきた花輪和一氏。この3月、同誌に15年間にわたって掲載された作品と、描き下ろし作品を収録した『呪詛 封印版』が刊行。それを記念して、花輪氏に連載当時の状況や作品に込めた想いについてお話を伺った。

本インタビューのために描き下ろしていただいた花輪氏の自画像。
本インタビューのために描き下ろしていただいた花輪氏の自画像。

■老化が急速に進んでいる

――怪談専門誌「幽」に発表された作品を集めた短編集『呪詛』が出版されたのは二〇一四年です。今回八年ぶりに、その後に掲載された短編九作と描き下ろしの絵物語を加えた『呪詛 封印版』が上梓されました。ふたつの『呪詛』を比較して、作者として感じる変化はありますか。

花輪:一番の変化と言えば、自分自身の老化です。急に老化が進んだとしみじみ感じているんです。そもそも、『呪詛』と『呪詛 封印版』でどこが違うか、と聞かれても、これだという答えが浮かばないんです。なにか深い価値のある答えを出さないといけないのに、何も出てこない。まあつまり、これが老化なんですよ。時の流れの速さを感じる今日この頃です。

――今日この頃、とおっしゃいましたが、暮らしておられる北海道は、新型コロナウイルスや大雪で大変なことになっています。大きな影響があったのではありませんか。

花輪:とくにあちこち出歩くわけではないので、これといった影響はありません。そうは言っても、買い物くらいは出かけないと生きていけないわけで、近所のスーパーやコンビニには行きます。店では入口に置いてあるアルコールで手指を消毒し、家に帰ってきたときにも石鹼で手と顔を洗って、塩湯で鼻とのどのうがいを必ず。おかげでこの二年くらいは風邪もひかずに過ごしています。むしろ、コロナウイルスが出てくる以前よりも健康的じゃないかと思います。困るのは何度もアルコールで手を消毒していると、指先がかさかさに荒れることです。これも老化のひとつかもしれません。皮膚が弱くなるのも老化の一種でしょう。

――変化ということで、『呪詛 封印版』のゲラを拝見していて感じたのは、東日本大震災の影響でした。こうした天災が執筆に及ぼしたものはあるのでしょうか。

花輪:三・一一のあとは気が滅入る毎日が続きました。作品を読んで影響を感じた、というのはそのせいなのかもしれません。あえて、そこを描こうとしたつもりはないのですけど、悟られるようなものを描いたのはまずかったと思います。

――北海道では、一八年九月六日にも北海道胆振東部地震が起きて、最大震度七を記録していますね。あの地震で道内全域が停電する事態になりました。

花輪:その夜の空は澄み渡っていて、星がくっきりと見えていました。江戸時代の人たちはこんな空を見ていたのかもしれないと思いました。「電波が飛び交っていない空はこんなにクリアーなのか」と感動したのを覚えています。

――今回収録された作品を読みますと、一四年七月掲載の「霊動説」にはSTAP細胞事件とのつながりを感じますし、一六年六月掲載の「雨の猫塚」では、昨年開催された東京オリンピックに向けての騒動を描いています。さらに、新型コロナウイルスへの予言ともとれそうな描写もあります。この時期にニュースや世相をテーマにするようになった背景には、何かお考えがあったのでしょうか。

花輪:怪談専門誌の「幽」にこのような内容のマンガを描くとは、あの頃は一体全体、何を考えていたんだか。今にして思えば、邪道でした。どうやら、この頃から老化が進んで、脳の血行が高齢者になっていたんでしょう。脳の血行が高齢者になって、マンガのネタが尽きたというのに、締め切りだけは迫って来る。そんなわけで、苦し紛れで描いてしまったんでしょう。「雨の猫塚」には、太平洋戦争で死んでいった学徒兵の怨霊みたいなものも描いていますけど、どういうお考えで描いたのか、と聞かれても、わかりません。考えがあったかどうかすらわからないのですが、確かにあったと思い出せるのは、締め切りへの恐怖です。それだけです。

「霊動説」より。万能細胞の発見と霊現象を関連づけた異色作だ。
「霊動説」より。万能細胞の発見と霊現象を関連づけた異色作だ。

■心の中の雑巾を絞りながら

――「幽」創刊号に「柿」が掲載されたのは〇四年六月です。この時期には、確かに「怪談」を強く意識しておられますね。

花輪:そんなに昔になりますか。老化が進むとそんなことも忘れてしまいます。私にとっては怪奇マンガは最も描きやすい分野だから、怪談専門誌が創刊されるので連載を、と言われたときには喜びました。年に二回ですけど楽しんで描けたんです。ところが、だんだん苦しくなっていくんですね。連載を続けているうちに徐々に怪談ネタが尽きてきました。ネタは尽きても締め切りは来るわけで、結果として、おかしな方向に変わっていった、ということです。

「柿」より。「幽」創刊号に掲載された連載1 作目である。
「柿」より。「幽」創刊号に掲載された連載1 作目である。

――そのおかげで、単行本としてまとめられたものを読むと表現の幅がとても広いと感じることができます。怪談的な作品に加えて、民話的なエッセンスが盛り込まれた作品もたくさんあります。他誌でも『みずほ草紙』や『ニッポン昔話』など日本民話を題材にしたマンガを描いておられますね。

花輪:自分にとって最も描きやすいマンガは怪奇因業祟り時代ものです。これは、先祖と親の影響です。「業」ですね。心の中の雑巾を絞れば出てくるのは「業」の汚水のみ。子どもの頃に義理の父親に対して感じていた憎しみと呪いみたいなものもあります。それを今の時代に描くとすれば、民話や伝説みたいな世界におのずとなっていくのです。

――死後の世界をテーマにした作品もいくつかあります。「お盆虫」では人間を四つにわけて、〈死後の世界=霊界〉をそれぞれ「ある」「ない」「わからない」「考えたことがない」と分類しています。「ひじき虫」では、少なくなって「ある」「ない」「わからない」と三分類しています。死後の世界を「ない」「わからない」と言っている人が「ある」世界に行くことが悲惨、と説明されているのがとても腑に落ちました。先生は死後の世界は「ある」とお考えですか。

「ひじき虫」より。「死後の世界」について花輪氏ならではの分類がなされている...
「ひじき虫」より。「死後の世界」について花輪氏ならではの分類がなされている…

花輪:「生霊」はあると思いますが、「死後の世界」は今もって、あるかないかわからない。しかし、「ない」と言ってしまったのでは怪談マンガは描けないので「ある」と決めて描いています。

――「欲」や「業」をテーマにした作品も多いと感じました。先生にとって「欲」や「業」、あるいは抑えきれない「衝動」のようなものはありますか。

花輪:「業」について言えば、四代前の先祖が蒔いた「業」の種が負の連鎖で自分の代にさらに巨大化しています。巨大化した「業」によって生まれた、恥ずかしくて人さまには死んでも言えない暗い穴から脱出しようともがいているうちに、その影響を受けて、「霊動説」や「自己確立花火」みたいに怪談専門誌にはふさわしくない作品も描いてしまいました。「欲」もあります。極力誰にも負担をかけずに、身の回りを整理して湯気が消えるように死ぬこと。これが私の今の「欲」です。「衝動」はもうありません。「衝動」を持つような歳ではなくなりました。

――衝動はないとおっしゃいますが、今回描き下ろされた絵物語「日没」を読むと、作者の衝動のようなものを感じます。怪談のショートショートとして、あとから効いてくる怖さがあります。絵の筆致も素晴らしい。今回、マンガではなく絵物語という形式を選ばれたのはどうしてですか。

花輪:衝動どころか、手抜きです。マンガだとコマ割りしてペンで描かないといけないじゃないですか。それでは面倒なので、白と黒の絵の具を使って筆で塗ったほうが早く描けるし楽だ、と考えたのです。深い理由でもあればいいのですけど、楽な方向、安易な方向に逃げたということです。それでも、怖いと感じてもらえるのならそれは描き手としてうれしいことです。

『呪詛 封印版』のために絵物語という形式で描き下ろされた「日没」。
『呪詛 封印版』のために絵物語という形式で描き下ろされた「日没」。

――最後に、「幽」は一八年の三〇号で休刊してしまいましたが、新創刊された「怪と幽」で新たにお願いするとして、描きたいテーマやアイディアがあれば教えてください。

花輪:これだけは真摯に答えなければならないことはわかります。答えねばと思いつつ、心の中の雑巾を絞ってみるのだけど、出てくるのはわずかな汚水だけです。答えが浮かびません。つまり、いよいよ老化が進んで、脳が涸れてしまって、マンガも限界なんです。それは、本人が一番わかっているのです。これからは、人生最後の締め切り│つまり、死の準備をぬかりなく進めるように心がけるつもりです。

――先生の年齢で終活は少し早すぎます。楽しみにしておりますので、ぜひ新しい作品を「怪と幽」にも描いてください。

※「怪と幽」vol.010の「お化け友の会ひろば」より転載

■プロフィール

花輪和一(はなわ・かずいち)
1947年、埼玉県生まれ。著書に『刑務所の前』『花輪和一初期作品集』『刑務所の中』『不成仏霊童女』『ニッポン昔話』『風童』『みずほ草紙』『風水ペット』『呪詛 封印版』ほか多数。

『呪詛 封印版』 
花輪和一
KADOKAWA
https://www.kadokawa.co.jp/product/322111000490/

「怪と幽」vol.010
https://www.kadokawa.co.jp/product/322102000143/

KADOKAWA カドブン
2022年05月09日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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