『古楽の終焉』
- 著者
- ブルース・ヘインズ [著]/大竹 尚之 [訳]
- 出版社
- アルテスパブリッシング
- ジャンル
- 芸術・生活/音楽・舞踊
- ISBN
- 9784865592498
- 発売日
- 2022/04/15
- 価格
- 4,180円(税込)
書籍情報:openBD
『古楽の終焉 HIP〈歴史的知識にもとづく演奏〉とはなにか』ブルース・ヘインズ著、大竹尚之訳
[レビュアー] 桑原聡(産経新聞社 文化部編集委員)
■クラシック音楽に生命力
古楽運動のパイオニアたちが、この10年で相次いで鬼籍に入った。2012年にレオンハルト、14年にブリュッヘンとホグウッド、16年にアーノンクール、19年にビルスマ…。
タイトルを見て、パイオニアの死がもたらす古楽運動の暗い未来を論じた内容かと思ったが、それはとんだ勘違い。半世紀に及ぶ古楽運動の思想と活動を生き生きと解説し、この運動の果実を受け継ぎクラシック音楽に生命力を与えるためには何が必要かを語る提言の書だ。
著者は米国出身のオーボエとリコーダーの奏者にして音楽学者。1960年代初期からパイオニアたちのもとで古楽運動に関わった。
古楽運動とは、ある作品を演奏する際、歴史的にふさわしい楽器や演奏様式を用いるべきだという思想に支えられた運動だ。著者はHIP(ヒストリカリー・インスパイアード・パフォーマンス・ムーブメント=歴史的知識にもとづく演奏活動)と表現する。
HIPが対抗しようとしたのは、ロマン主義に根差す演奏と、その後、父(ロマン主義)に息子が反抗するように生まれたモダニズムの演奏だ。これらの演奏は自由、平等、兄弟愛を標榜(ひょうぼう)したフランス革命後に台頭し、革命以前の人々が考えた音楽への意味付けや音楽の目的、演奏様式をゆがめていると考えるからだ。例えば、バロック期の音楽は共同体の皆で共有することが前提だった。これがロマン主義の台頭によって、音楽は個人的なものへと変化する。実はこの時期に、あらゆる種類の楽器のデザインやテクニックが革命的に変化しているのだ。
こうした断絶を無視して、現代の価値観と演奏様式で古い時代の音楽を演奏する態度を、著者はクロノセントリズム(現代中心主義)と批判する。だからといって、当時の音楽を聴けない以上、「真正性」のある演奏は事実上不可能である。それを認めた上で、古楽運動の意味と将来について著者はこう述べる。「真正性に向けて真摯(しんし)に努力するプロセスが私たちを変え、私たちがなじんでいる環境を変え、新しく、美しく、面白い、何かを生みだすのだ」
歴史意識、批判精神、音楽への愛に満ちた快作だ。(アルテスパブリッシング・4180円)
評・桑原聡(文化部)