韓国で最も注目される俊英が本領を発揮した八つの短篇
[レビュアー] 大竹昭子(作家)
初めて読む、韓国の女性作家の短篇集。その緻密な筆致と成熟したものの見方に打ちのめされた。
人はさまざまな感情や体験を身体の器に溜めて生きている。その器は外界に触れる部分が極めてやわらかに出来ていて、他者との出会いに興奮すればしなやかに広がり、差異に反応すれば縮まり、固くなる。
著者はその界面が膨らんだり、萎縮したりするさまに敏感に反応する。収録の八篇すべてがそのときの心の姿に目を凝らし、時の流れによって変転するさまを描き出したものなのだ。
表題作の「夏のヴィラ」に登場するのは、大学の非常勤講師を務めるカップルだ。安定した職が得られず、生活の不安に脅えつつ生きるうちに、ふたりの関係はきしみ出す。そんな状態にある彼らの元に、妻が学生時代に旅先で出会って以来交流がつづいている年配のドイツ人夫婦から夏のヴィラへの招待が届く。妻は乗り気でない夫を説得して出かける。
そのヴィラがドイツのどこかにあるなら話は単純だが、そうではない。欧米の暮らしとはレベルも内容も異なるカンボジアにあるのだ。経済格差を目にして複雑な感情が刺激され、真にくつろげない。とりわけ、ままならない人生に苦しんでいる夫の会話には「闘争」「撤廃」「生存」などの語彙が増え、最後の夜にそれが爆発する……。
他の七篇においても、都市の再開発地区における旧住民と再開発派の対立、母に置き去りにされた娘のねじれた感情、同じクラス仲間との生活環境のちがいなどを背景に、孤立感を深めつつも、相手を求めずにいられない心のゆくえが慈しみをもって描かれる。
生の真実を輝かせることに、尋常ならざる力を発揮する作家だ。この成熟した眼差しは、起伏ある人生を歩んできた熟練作家を想像させるが、一九八二年生まれというのだから、驚くしかない。