『今、出来る、精一杯。』
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演劇界の異才が描くどうしようもない12人
[レビュアー] 夢眠ねむ(書店店主/元でんぱ組.incメンバー)
たった今読み終えて胸の高鳴りを抑えながらご紹介したいのが、弱冠19歳で劇団を旗揚げした劇作家・根本宗子の代表作である『今、出来る、精一杯。』の小説化だ。東京・三鷹の「ママズキッチン」で働く男女を中心とした人間関係を描く感情の物語である。これまで「小説化の意義がないとやらない」と決めていた根本さんに、「小説にすべき作品だと思います」という編集さんからのラブコールで初の小説化が実現した。
舞台やドラマの小説化を意地悪な視点で見ると、そのままの台本をそれっぽく書き直すってことでしょ?と思うがこれは全く違う。私は2015年の再演、19年の音楽劇リメイクver.を観た彼女の舞台のファンであるために言い切れる。確かに2回も観たはずの物語が、小説により更にくっきりと立体的に感じられて驚いた。舞台上では表情や声色や間で表現されていた(舞台でいうと“演出”の部分であろう)微かな感情の動きだったものが、ダイレクトに文字で見ることで逃さず贅沢に読めてしまうからだろうか。
登場人物が12人もいるのだが、びっくりするような人間がどんどん出てくる。しかし読み進めるうち、彼らの“どうしようもなさ”に自分を重ねてしまう。ダメなやつだった頃の自分、正論とわかりながらも目を逸らしてしまう大人の自分、どこかで自分が関わってきた人たち。当然のことなのに忘れがちな、それぞれの正義がありそれぞれの悪がある。この物語は人間の「分かり合えなさ」を諦めるのではなく、愚直に「分からなくても関わり合う」ことでその先に希望があるんじゃないか、と思わせてくれる。
観劇の習慣がなく、なんとなくハードルが高いと思っている人でも小説であれば手に取りやすいのではないだろうか。読めば鮮やかに情景が思い浮かぶので、コロナ禍のために劇場に行けていない人にもおすすめしたい。