『ホモ・エコノミクス』重田園江著(ちくま新書)

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ホモ・エコノミクス

『ホモ・エコノミクス』

著者
重田 園江 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784480074645
発売日
2022/03/10
価格
1,034円(税込)

書籍情報:openBD

『ホモ・エコノミクス』重田園江著(ちくま新書)

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

 昨今の流行では、政府も企業も、決定の根拠として数字のエビデンスを示すのが通例である。だがどんなデータも、限られた範囲で、一つの側面から現実を切り出しているという前提を忘れると、議論は歪(ゆが)んでしまう。食糧の増産のために行った農業改革が、環境に深刻な被害を与えてしまったことなどがその例である。

 そして現在、社会や政治を論じるとき、広く採用されている前提が、自己の利益を増大させようとめざす個人としての「ホモ・エコノミクス」の人間像にほかならない。本来ならさまざまな生き方の一つにすぎないはずの、この人間観が、十八世紀以降の西洋思想史で大きな影響力をもち、その後、経済学が「科学」として自立するための公理にすえられた。そして今や、人々の日常的な意識にまで影響を及ぼしている。

 本書は、思想史のていねいな分析と、愉快な脱線を含みながら、この状況が生まれた歴史をたどる。自己利益の論理とは異なる、倫理と社会の語り方が、なぜ選ばれなかったのか。その分岐点を探りながら、もう一つの可能性を読者にも考えさせる本である。

読売新聞
2022年5月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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