『ANTHRO VISION Anthro-Vision 人類学的思考で視るビジネスと世界』ジリアン・テット著 (日本経済新聞出版社)

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Anthro Vision(アンソロ・ビジョン) 人類学的思考で視るビジネスと世界

『Anthro Vision(アンソロ・ビジョン) 人類学的思考で視るビジネスと世界』

著者
ジリアン・テット [著]/土方 奈美 [訳]
出版社
日経BP 日本経済新聞出版本部
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784532324483
発売日
2022/01/27
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

『ANTHRO VISION Anthro-Vision 人類学的思考で視るビジネスと世界』ジリアン・テット著 (日本経済新聞出版社)

[レビュアー] 小川さやか(文化人類学者・立命館大教授)

当たり前を疑う大切さ

 辺境の山奥に赴き、異質な文化にどっぷり浸(つ)かって研究することに何の意味があるのか。この問いに答え、人類学が現代世界に欠かせないものであることを示すことが本書の目的だ。具体的には、人類学の博士号を得て、ジャーナリストとなった著者自身の経験と、人類学がインテルやネスレなどの世界的企業のマーケティングや製品開発や、パンデミックへの対応やシリコンバレー経済の理解といった政策課題に貢献する豊富な事例を通じて、人類学的視点とは何か、なぜ今それが必要なのかが明らかにされる。

 人類学は、対象とする社会に入り込み、人々の言動や出来事を事細かに観察し記録するという参与観察を看板に掲げる。自身の価値判断を括弧に入れて、現地の人々の声に耳を傾け、他者のやり方を身体化し、いかに奇異な慣習や文化にも論理や機序があることを経験的に理解しようとするのだ。この「『未知なるもの』を身近にする」調査法と共感的に他者を捉える思考法が、「イノベーティブなアイデアを広める」「医学的・経済的に正しいことをする」といった従来の方法に代わり、ユーザー視点で世界を見ることから始め、その多様性に対応することを目指す企業や実務者に受け入れられつつあるという。

 また人類学は異質なものの経験的理解を通じて、自分自身の姿を見つめ直す学問である。誰も当たり前だと思っていることは疑わない。だからこそ、「『身近なもの』を未知なるもの」に変える視点が企業の組織改革や自社会へのまなざし方の変革に有効なのだ。

 他者と自己をこれまでとは違うレンズで見ることは、見ていたのに見えていなかった現象や聞いていたのに聞こえていなかった声への気づきになる。その「社会的沈黙」への気づきは「かくあるべき」という思い込みを崩し、「こうもありうる」世界を創造する糸口となりうる。

 本書はやや人類学を持ち上げすぎだとも思う。それでも未来を見通しにくくなった現代において、本書が提示する、人類学の知的営みの可能性をぜひ多くの読者に知ってもらいたい。土方奈美訳。

読売新聞
2022年5月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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