『水納島再訪』橋本倫史著(講談社)

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水納島再訪

『水納島再訪』

著者
橋本 倫史 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784065269398
発売日
2022/02/03
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

『水納島再訪』橋本倫史著(講談社)

[レビュアー] 柴崎友香(作家)

島民の記憶 断片つなぐ

 水納島は、沖縄本島の西側にあるとても小さな島だ。昼間は美しい海を楽しむ観光客で賑(にぎ)わうが、現在の島民はわずか20人。著者は7年前に演劇関連の取材で水納小中学校を訪れて以後、毎年のように再訪してきた。昨年4月に一人で島に滞在した当初は島のことを書くつもりではなかったが、民宿の主に話を聞くうち「このまま行けば無人島になる」という言葉に衝撃を受け、書き残そうと思い立った。穏やかな道や夜明け前の海辺を歩き、お茶を飲んで話を聞き、5日間の滞在中に島と人々の記憶をたずねていく。砂浜でカニを1匹見つけた途端、初日には気づかなかった数多のカニが目に入ってくる場面がある。人と話し、歴史を知ることで風景の中に過去や記憶の痕跡が見えてくるこの滞在記に重なる。

 1970年代の沖縄返還や海洋博に伴う観光開発や経済の変化、戦争中の過酷な体験、130年前にこの島で農業を始めた人々など、資料とあわせて歴史をさかのぼり、どの時代も苦労があった生活が紐解かれる。著者は『ドライブイン探訪』『市場界隈 那覇市第一牧志公設市場界隈の人々』でも、そこで生活を営んできた人に丹念に取材し、個人の生と社会の変遷との関わりを書いてきた。思い出話の中の断片から、当時の光景が鮮やかに浮かぶ。政治や経済状況の変化はどの土地にも誰にも通じる一方で、影響の大きさは地方や仕事によって異なる。話を聞き、資料をたぐりながら、著者は、想像することはできるがわかったつもりにならないように、誰かの過去の経験に「どうすれば手を伸ばすことができるだろうか」と自問する。自分自身のことではないのに感じる「懐かしい」気持ちについて、繰り返し考える部分も心に残る。

 首都圏や都市部への集中がますます進み効率化の圧力が強まる今、ある土地で生きる人生、人々が営みを作ってきた場所を、見つめ想像することの意味を、じっくりと考えたい。

読売新聞
2022年5月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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