『アルツ村』
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『テウトの創薬』
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[本の森 医療・介護]『アルツ村』南杏子/『テウトの創薬』岩木一麻
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
南杏子は出版社勤務を経て医学部に入り直し、医師資格を取得したという異色の経歴を持つ作家だ。これまで医療小説を主戦場としてきた南が、現代社会に鋭い問題提起を行う作品、『アルツ村』(講談社)を発表した。
看護師の資格を持つ三宅明日香は、娘のリサと共に札幌市内の家から逃げ出す。夫の振るう暴力に耐えられなくなったのだ。しかし車で走行中、無謀運転をする若者のせいで事故を起こし、夜の山中を彷徨うことになる。ある村のはずれまでたどり着くが、そこで意識を失ってしまった。
気が付くと、明日香は家の中に寝かされていた。彼女を手厚くもてなしてくれる老夫婦は、なぜか明日香を夏美という孫娘だと思い込んでいるらしい。彼らだけではない。その村で生活しているのは皆、認知症患者か、介護をする人たちだったのだ。集落の周囲には高電圧の柵が張りめぐらされ、外に出ることはできない。謎の村でしばらく生活するうちに、明日香はその真の姿を知ることになる。
若年層が負担を強いられる、いわゆるヤングケアラーの存在が示すように、今や介護は世代を問わず真剣に向き合うべき問題である。認知症患者の村という一見突飛な状況設定により、南は介護の実相を掘り下げることに挑んだ。ミステリー的な仕掛けを描いた箇所が性急に感じられるのは難だが、深く身につまされる物語である。
もう一作は、岩木一麻『テウトの創薬』(KADOKAWA)を推したい。岩木は医療系研究者の出身であり、人体を密室に見立てたミステリー『がん消滅の罠 完全寛解の謎』でデビューを果たした。それ以来謎解き興味を核とした作品を書いてきたが、本作はバイオテクノロジーを題材とした企業小説である。
進藤颯太郎はベンチャー企業トトバイオサイエンスの研究開発部長である。カイコの繭から作られる生糸は、かつて産業の要だった。そのカイコを使ったバイオ技術を、今度は医薬品生産に活かすのだ。進藤をトトバイオに紹介した上州大学医学部の加賀義武教授は、同社の科学顧問を務めており、地元群馬の主産業でもあった養蚕復活のため人生を賭して尽力すると表明していた。
新薬開発の実際面を描いた物語であり、細部まで現実感ある描写が行われる。研究施設で起こったある出来事から進藤は加賀の行動に疑念を抱き、彼と袂を分かつ選択をする。そこからのどろどろとした人間臭い展開も読みどころである。
独裁者である加賀は、医薬品研究の世界の閉鎖的な人間関係を象徴的に表現したキャラクターだろう。理念よりも面子や自身の利害を優先し、逆らう者は冷徹に排斥しようとする。開発の現場にいる者たちは、理想実現とはまったく別の次元で翻弄され続ける。結末には救いがあるが、良薬の苦さとは別のものが後に残る物語だ。