自然と聞き手を扇動する仏語ラップのマイノリティサウンド

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魂の声をあげる 現代史としてのラップ・フランセ

『魂の声をあげる 現代史としてのラップ・フランセ』

著者
陣野 俊史 [著]
出版社
アプレミディ
ジャンル
社会科学/社会科学総記
ISBN
9784910525013
発売日
2022/04/25
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

自然と聞き手を扇動する仏語ラップのマイノリティサウンド

[レビュアー] 角由紀子

 10年近くオカルトや陰謀論を研究してきた筆者にとって、ラップといえば幽霊が鳴らすラップ音かハンター・バイデンのラップトップ事件であり、所謂音楽のラップではなかった。しかし、同じくラップに全く興味のないはずの編集者が本書をえらく褒めるものだから気になって読んでみると、これが面白い。

 移民規制が厳しくなった90年代から仏語ラップは国内で注目を集め、その後、ムハンマドの風刺画を掲載した出版社を狙ったテロで12人が死亡したシャルリ・エブド事件など幾つかの象徴的な事件を経て、移民やムスリムの政治的主張を伝えるマイノリティサウンドとしての仏語ラップが確立された。最初は“反警察”“反民主主義”を扱うものから始まり、徐々に紋切り型ではない、他人とは違うパーソナルな“自分”を歌うことで、社会情勢を映し出す音楽へと変遷していく。

 ありがたいことに、本書には紹介曲のYouTubeに飛べるQRコードが注釈で記されており、すぐに聴けるように配慮されている。仏語ラップなんて誰が聴いているのかと半分ナメた気持ちでアクセスすると、1億再生回数のものもあり、それだけで「おおっ!」となる。

 聴いてみると、英語ラップにはない、何とも言えないゴツゴツ感や違和感があることがわかる。アクセントがない平坦な発音に無理矢理抑揚をつけて音楽にのせる強引な感じは日本語ラップとも似ていて親近感がわくし、なにより超カッコイイ。しかも、本に書かれている歌い手のルーツや社会的背景を踏まえて聴くと、言葉はわからずとも、自分も社会とか政治について何か考えなければいけない気に自然と扇動される。著者は、言語も領土も人種も歴史も超越した“ヒップホップ・ネイション”がラップにはあると言うが、あえてオカルト的に換言すると“波動”や“ワンネス”ではないだろうか。私は仏語ラップの波動をキャッチしたのだ。

 余談だが、最近、Jラップの帝王といわれるKダブシャイン氏と話す機会があり、「グローバリズムやトランプ情報を追っていたらQアノンと言われ、ラップ界でディスられた」と嘆いていたのが印象的だった。ラッパーは政治家ではなく常に“自分”の思いを伝えて、マイノリティの声を代弁し、それがいつしか音にのって多くの人の心に届くことで、“存在を認め合う”ように仕向ける人たちを指すのだと本書を読んで知った。だから、Kダブ氏には絶対に同調圧力に負けてほしくない。そう思った。

新潮社 週刊新潮
2022年5月26日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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