『津田梅子』古川安著(東京大学出版会)
[レビュアー] 川添愛(言語学者・作家)
津田梅子が幼少時に官費留学生として米国に渡ったこと、後に女子英学塾(現在の津田塾大学)を創立したことを知っている人は多いだろう。だが、梅子が20代で再留学し、生物学を研究していたことはあまり知られていないのではないか。
本書は梅子の2度目の留学に焦点を当て、科学研究者としての経験が梅子に与えた影響を考察する。留学先のブリンマー大学に残された記録から、梅子が教授陣から非常に高い評価を受け、将来を嘱望されていたことが分かる。当時の梅子の師は、後にノーベル賞を受賞するトマス・モーガン。梅子は彼と共著論文を著し、日本人女性が海外の学術誌に論文を発表した最初の例となっている。
優秀な研究者だった梅子が、生物学者の道を歩まなかったのはなぜか。その謎を追うと、当時の日本の女子教育の、絶望的とも言える状況が見えてくる。「高等教育は女性の死亡率を高め、受胎能力を低下させる」という言説まで流布する中、あらゆる専門知に開かれたオールラウンドな女性の育成に邁進(まいしん)した梅子。その苦労と情熱をありありと伝えてくれる一冊だ。