『パッシング/流砂にのまれて Passing/Quicksand』ネラ・ラーセン著(みすず書房)/『ひとりの双子 The Vanishing Half』ブリット・ベネット著(早川書房)
レビュー
4『パッシング/流砂にのまれて』
書籍情報:openBD
『パッシング/流砂にのまれて Passing/Quicksand』ネラ・ラーセン著(みすず書房)/『ひとりの双子 The Vanishing Half』ブリット・ベネット著(早川書房)
[レビュアー] 辛島デイヴィッド(作家・翻訳家・早稲田大准教授)
「はざま」で生きる葛藤
「パッシング」とは、あるグループ(人種、ジェンダー、階級など)に属す人物が他のグループの一員として通る/認識されることを指す。
差別を逃れるための「人種的パッシング」を扱う文学には長く複雑な伝統がある。1929年に発表されたラーセンの『パッシング』(鵜殿えりか訳)は、その代表作のひとつ。白人として「パス」できる幼なじみの黒人女性2人の関係が描かれる。「パッシングできない」黒人男性と家庭を築いたアイリーンと、家族にも出自を隠し白人として生きるクレア。安定した日常は偶然の再会により揺らぎ始める。印象的な場面でアイリーンは夫に言う。「『パッシング』っておもしろいね。わたしたちはそれを否定しているけれど、同時に黙認してもいる。軽蔑(けいべつ)はするけれど、賞賛してもいる」と。
人種差別への抗議運動が広がるなか、2020年に刊行された『ひとりの双子』(友廣純訳)も、「パス」できる2人の女性が中心の物語だ。公民権運動本格化前の米国で、双子姉妹は南部の「肌の色が薄い」黒人ばかりが住む町に育つ。16歳で共に町を出るが、間もなく別の道を歩むことに。デジレーは黒人男性と結婚するが、男の暴力から逃れるために「青っぽく見える(ブルーブラック)ぐらいの黒」い肌を持つ娘を連れて帰郷する。一方、故郷と縁を切り白人として生きるステラは、白人の夫との間に「ミルク色の肌」と「青い目」を持つ娘が生まれ安堵(あんど)するも、「自分の居場所ではない世界で生きる」孤独を抱え続ける。
「パッシング文学」では、「パス」していた人物が悲劇的な結末を迎えがちだが、ベネットは極端な展開を避ける。双子の物語は娘世代に引き継がれ、多様な生が暖かな筆致で描かれる。
『ひとりの双子』はベストセラーとなり、『パッシング』も映像化され再注目されている。「はざま」で生きる人々の物語が我々を魅了し続けるのは、簡単に白黒つけられない普遍的な問いと向き合う機会を与えてくれるからだろう。