小説家・乗代雄介インタビュー 木更津の干潟を舞台にした『パパイヤ・ママイヤ』で描きたかったこと

インタビュー

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パパイヤ・ママイヤ

『パパイヤ・ママイヤ』

著者
乗代 雄介 [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784093866446
発売日
2022/05/11
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

朝から夕方まで干潟にいて、歩き回って観察して『パパイヤ・ママイヤ』乗代雄介インタビュー

[文] ステキコンテンツ合同会社

5月11日に発売された、黄色い装丁が印象的な『パパイヤ・ママイヤ』。千葉県木更津市の小櫃川(おびつがわ)河口干潟で出会った、17歳の女の子、パパイヤとママイヤの物語です。

芥川賞候補作となった『最高の任務』『旅する練習』『皆のあらばしり』などで、いま最も注目を集める小説家・乗代雄介さんに、執筆のきっかけやエピソードなどをお聞きしました。

自分に付された意味をはがしていくような経験

――『パパイヤ・ママイヤ』について、これから読む方へ、内容をお教えいただけますでしょうか。

十七歳の女の子二人が、木更津の辺鄙な干潟で待ち合わせながら、一夏を過ごします。とはいえ、十七歳であることも女の子であることも、生い立ちとかも、そんなに重要ではないと思っています。普段のコミュニティから離れた場所で長い時間を過ごすというのは、自分に付された意味をはがしていくような経験ですが、それは、人生のある時期や性別や境遇に特別に作用するものではないはずです。そういうことが人生に起きることを受け容れる態勢をどう作るか、というだけの問題です。例えば海に行くとして、思いつきで一日行くなら息抜きですが、無理にでも毎週行けば、息をすること、生きることに関わってきます。そこが自分にとっての異世界であるうちは、何が起きても不思議ではありません。そういう世界で起きる出来事についての話です。

――本作を描こうとされたきっかけを教えていただけますでしょうか。

単純に、舞台となった木更津市の小櫃川河口干潟を訪れたことがきっかけです。生態系や潮の満ち引きがおもしろく、干潮時は水際が2キロも先になるような珍しい場所です。何より人がいないので落ち着きます。本当は人がいない風景の小説を書きたかったんですが、小説も風景も人間がいないと、人に見せるものにはなりづらい。気に入って何度も何度も訪れて、釣りの親子や一人でやってくる人をたまに見かけたり、近隣の小学校の干潟学習のしおりを拾ったり、道ばたで会った人たちと言葉を交わしたりするうちに、そこに人がいるというイメージができてきて、書けるかなと思うようになりました。特に、ファミリーマートの前で部活のスケジュール表まで見せてくれた男子高校生たちには感謝しています。ありがとう。

それから着想という意味では、タイトルをお借りしたウルフルズ「パパイヤ・ママイヤ」はもちろん、作中に引用させていただいた歌、他にもたくさんの歌に、ちょっと一線を超えたような「世界」に足を浸したまま進む気分を盛り上げてもらいっぱなしでした。ザ・ピーナッツ「私と私」、桜田淳子「日ぐれの少女」、浅田美代子「しあわせの一番星」、薬師丸ひろ子「風と光に抱かれて」、広末涼子「ジーンズ」、川本真琴「ひまわり」、香取慎吾&原由子「みんないい子」、竹内まりや&原由子「チャンスの前髪」、山下達郎「CHEER UP! THE SUMMER」、あいみょん「裸の心」なんかが、干潟をひたすら歩き回りながら聴いていた歌としてパッと思い浮かびます。どういう奴なんでしょうね。

連日、朝から夕方まで干潟にいて、歩き回って観察

――ご執筆にあたって、苦労されたことや、当初の構想から変わった部分など、執筆時のエピソードをお聞かせください。

ここでは何でも起こるんだと居直りながら書いていましたが、実在の場所で起こるわけなので、そこに無いものは書かないように決めていました。書くという行為をかなり広く捉えているので、自分が楽しんだり苦しんだり考えたりするために、色々と制限をつけてしまうんです。すると、連日、朝から夕方まで干潟にいて、歩き回って観察して写真撮って漂着したゴミをあさって、みたいなことをするようになって、肉体的には苦労しました。

作品に関わる実験も沢山やりましたね。人が通ったら気付くのかと思って小さな廃墟の中で二時間ぐらい横になってみたり、釣り糸つけたペットボトルを流して小一時間追いかけたり、潮の満ち引きでゴミがどう動くかマークつけて一日ごとに観測したり……。ゴミは、大潮だと場所によっては大きく動いちゃってわかんなくなるんですけど、たまに思わぬ遠くで発見したりするんですよ。それだけでかなり感動します。泣けてくる。

――どのような方にオススメの作品でしょうか? また、本作の読みどころも教えてください。

これまでの作品では自分に許さなかったものを大いに許すという書き方をしているので、ファンがいたとしてオススメできるかはわかりません。また、どのような方と聞かれると難しいですが、強いて言うなら「富津公園 明治百年記念展望塔」と検索して出てきたものを見て、行ってみて、それこそ何度も行くみたいな人ならありがたいですね。

書くことと読むことの奇妙なつながりをたどれば

――小説を書くうえで、いちばん大切にされていることをお教えください。

自分がそれを書く時に何が起きるか、ということだけを考えています。

――最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

読むことと作者がほとんど関係ないように、書くことと読者もほとんど関係ないように思っています。ただ、書くことと読むことの奇妙なつながりをたどれば、もしかしたら――ぐらいの希望は棄てずにおりますので、そのような機会があれば、よろしくお願い致します。

~ ナニヨモ編集部より ~

真っ黄色な本だなというのが第一印象でした。そしてしばらく読むと黄色であることの意味がわかってきました。

千葉県木更津の小櫃川河口干潟、潮の満ち引きや天候で刻々と姿を変える空間の、流木がある「木の墓場」と主人公がいうところは、社会から少し切り離された、あの世のようなところだと感じました。そこで毎週水曜日の、だいたい決まった時刻に、女の子ふたりが会って話をします。出会ったときは、いま風のテンポのよいやり取りだったものが、会うたびに互いの心が滲みだして変化していきます。その様子を少し離れたところから眺めているような読書体験は、非日常的で現実感がうすく、静かな風景の絵画や写真を眺めているような、美しすぎて切なくなるような気持ちにさせてくれます。

作中に絵と写真が出てきますが、それらも、彼女たちの一夏も、輝くような黄色を帯びていて、すべてが、真っ黄色な本書に結晶しているのでした。黄色のコレクションをみたときのふたりと同じように、この本を読んだ私たちの顔も黄色く照らされ、感動の声をあげる。宝物のような一冊になっていると思いました。ほんとによかったです……。

~ 一問一答 ~

Q:最近、嬉しかったこと、と言えばなんでしょうか?

伊藤亜紗『ヴァレリー 芸術と身体の哲学』の文庫版が、『旅する練習』という自分の小説と同じ2021年1月の刊行だったと、読んでから一年経って気付いたことです。自分なりにヴァレリーを強く意識して書いた小説で、僭越ながらその意識とかなり近いところについて書かれている本が同じ頃に、しかも同じ出版社からという偶然は、単なる偶然だからこそ、思わぬ励ましとなりました。

Q:ご自身は、どんな小説家だと思われますか?

なかなかつらい質問ですが、それ以上でもそれ以下でもないという意味で、ひとりの小説家とお答えしておきます。

Q:おすすめの本を教えてください!

今回のような小説を書く上で、書いた後で、考えることの多かった本にします。おすすめといえばおすすめです。

『ジョン・ウォーターズの地獄のアメリカ横断ヒッチハイク』(国書刊行会)

今回の小説を書いた後に出版された本です。もうあんまり撮ってないけど映画監督のジョン・ウォーターズが、「最高の旅」と「最悪の旅」をフィクションとして書いた上で、実際にヒッチハイクに出て「現実の旅」をノンフィクションとして書いたもの。「フィクションみたいな出来事や人物」なんて幻想だと思い知らされます。現実と小説の分水嶺をここだと決めた上でそこで遊んで、流れを肌で実感して気持ちよがったり不思議がったりしている人間が、自分の他にもいることに安心しました。あと、プロローグにスタインベックの『チャーリーとの旅』のことが書いてあるんですけど、知らなかったので普通にショックでした。

『干潟生物観察図鑑』(誠文堂新光社)

かなりの時間、干潟にいるのでどうせなら退屈せず過ごしたいと思っていました。退屈せずに過ごすということは、驚き続けるということです。まっさらな気持ちで驚けるのはせいぜい一度や二度で、驚き続けるためには最低限の先入観とか生半可な知識が必要になってきます。もちろん悪い意味でかまわない。だから何事も、こういうガイド的な図鑑でちゃんと勉強して、まず半可通になることを意識しています。そうしないと、ハマガニが見たいからもう少し暗くなるまでいようかなと思ってたら実際に見られて驚く、みたいな自作自演の驚きを味わうことはできないので。芸人さんがおもしろエピソードに出くわすとかも同じことだと思います。いやいや、作られた驚きじゃなくてまっさらな心で驚きたいんだ、みたいな人もいますが、そういう予期せぬ驚きを求める方が、動機としては不純な気がします。あと、予期せぬ驚きって、僕が色んなところをうろつく限りでは「身の危険」が一番近いです。

ただ、そうしてちょっと詳しくなったところで、今回の小説の登場人物はそういうものに興味も知識もないので、ほとんど使いませんでした。書いている自分は、どの場面のカニも何のカニかわかっているのに、ただカニと書く。それも、書くことにまつわる自作自演の驚きに近いですね。

『点子ちゃんとアントン』(岩波少年文庫)

各章のおわりに「立ち止まって考えたこと」というケストナー自身による小文がくっついています。今回の小説を書いている間、特にそのうちの二つ、「友情について」と「偶然について」を何度も読み返しました。「友情について」を少し引用します。

「ぼくは、みんなひとりひとりが、いい友だちにめぐまれるよう、願っている。そして、みんなひとりひとりが、友だちの知らないところで、その友だちのためにひと肌脱ぐめぐりあわせにめぐまれるよう、願っている。みんなには、ひとをしあわせにすることが、どんなにしあわせかを、知る人になってほしいのだ。」

 ***

乗代雄介(ノリシロユウスケ)
1986年北海道生まれ、法政大学社会学部メディア社会学科卒業。2015年「十七八より」で第58回群像新人文学賞受賞。2018年『本物の読書家』で第40回野間文芸新人賞受賞。2021年『旅する練習』で第34回三島由紀夫賞受賞。著書に『最高の任務』『皆のあらばしり』『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』『掠れうる星たちの実験』などがある。

聞き手・文:ナニヨモ編集部

ナニヨモ
2022年5月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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