落語家・春風亭一之輔が紹介 心に残ったドキュメンタリー作品3選

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  • 浮浪児1945‐
  • もたない男

書籍情報:openBD

ドキュメンタリーに心惹かれて

[レビュアー] 春風亭一之輔(落語家)


春風亭一之輔さん

 NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」に取り上げられるなど、現在最もチケットの入手が困難な落語家のひとり春風亭一之輔さんが、印象に残っているドキュメンタリー作品3冊を新潮文庫の中から紹介します。

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 私はドキュメンタリーが好きなので、最近読んだなかで、とくに印象に残っているものを3冊挙げたい。

 まず紹介したいのが、代々木忠『つながる セックスが愛に変わるために』。

 大学時代のオチケンの先輩が言った。「ヨヨチュウ(代々木監督のこと)を観ずしてAVを語るな!」と。観た、たくさん観た。

 他のビデオとはまるで違う。そこにあったのはセックスに至る触れ合いを通じ、出演者(女性、男性問わず)の内面を掘り下げて解き放っていく台本も演出もない「カウンセリング」だ。この本にはその出演者たちがどのようにして心の扉を開いていったかが記されている。

 また監督自身の生い立ちも凄絶だ。戦中の幼い頃、母親を亡くし親戚の家を転々とさせられた。戦後は父と後妻の営む売春宿で、娼婦が客をとる部屋で暮らしたという。

 アウトローとして生き、AVの巨匠となった監督もまた、出演者たちと同じように「感情を押し込めて」生きてきたことに出演者の女性の一言で気づかされる。その場面が印象深い。

 次に『浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち』。著者石井光太氏は私と同じ日大芸術学部卒で、同世代。戦争のために肉親と離ればなれになり、地下道や往来で暮らさざるを得なかった元浮浪児や孤児院関係者の話をまとめた本。

 昭和20年3月の東京大空襲をきっかけに、上野の街には浮浪児が増えていったという。上野は通称「ノガミ」と呼ばれ、戦後は地方からも「ノガミに行けば何かある」と浮浪児が集まってきた。

 私は寄席がある上野にほぼ毎日通う。戦後の「ノガミ」と今の「上野」とは全く違うはずなのに、この街には雑多なモノが交わり合った「匂い」が今も十分にある。京成上野駅に繋がる地下道はその頃「何百もの浮浪者が横たわっていた」という。

 上野の地下道は本書が出版された時よりもいっそう綺麗になっているが、天井の低さやカーブは終戦直後と変わらない。この狭い地下道を歩いていると、戦争の悲惨さとまた現在進行形で過酷な生活を強いられているウクライナの人々を思わずにはいられない。

 最後の1冊は中崎タツヤ『もたない男』。漫画『じみへん』でお馴染みの中崎先生の断捨離エッセイだ。

 実は今回紹介する3冊を事前に編集部に伝えたところ、気を利かせてくれたのか、改めて新品を送ってくれた。

 前の2冊はちょうど手許になかったので助かったが、この本はすぐ手に取れるところに置いてあった。なぜなら私は、この本を毎年年末の大掃除前に読み返すようにしているからだ。『もたない男』を読んでモチベーションをあげ、大掃除の参考にする……というわけではなく、「ここまでやるくらいなら、散らかっててもいい……」と、私に「断捨離道」を諦めさせてくれるのがこの本なのだ。

 必要ないと「思われる」モノはとにかく捨てるエピソード満載。巻頭の中崎先生の仕事部屋の写真は引越し前に内覧に来たような殺風景さ。「文庫本は読んだページを破って捨てていく」「インクの減ったボールペンは減った分を削って短くしていく」の狂気。ついには自作の「漫画原稿も焼き捨てた」という断捨離の終着駅に辿り着いた先生。

 しかしながら「思い出は記憶に留めればいい。忘れてしまう思い出など自分に必要ないもの」は真理かもしれない。収納スペースがあるからモノが溜まるんだそうだ。曰く「自分がインテリアデザイナーなら収納スペースなど作らない」。「収納を捨てる」ということか。禅問答のようでまるで参考にならないが、他人事ながら読んでいて最高にスッキリする本なのだ。

 新たに送られてきた今回の3冊。中崎先生なら読み終えた端からページを破り捨ててしまうところだろうが、私は書棚にしまっておこう。手元にある『もたない男』は都合2冊になり、私は「『もたない男』を2冊ももつ男」になってしまった。

新潮社 波
2022年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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